教養主義の没落
教養主義の没落
変わりゆくエリート学生文化
著者
教養主義の没落
出版社
中央公論新社

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出版日
2003年07月25日
評点
総合
3.8
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

教養という言葉は今でもSNSで頻繁に聞かれるが、教養主義となるとなかなか馴染みがない。教養主義とは、1970年ごろまであった、主に高等教育機関における学生の中心的価値観である。歴史や哲学などの難しい書籍を読みあさり、それを読まなければ恥ずかしい、といったような気風があったという。そうした教養主義について、著者の経験と豊富なデータから読み解くというのが、本書の試みである。

現在でも、戦前から戦後にかけての学生文化は、一部の人間の興味を強く惹きつけてきた。たとえば日本における共産主義を調べるにあたって、この頃のキャンパスがどのようなものであったかを避けて通ることはできない。柔道の歴史でも七帝大や高専柔道の話は重要な意味を持つ。しかし興味のない人からすれば、その実態はベールに包まれている。それがなぜいま脚光を浴びたのだろうか。

あるインタビューで米津玄師氏が、最近注目している作品として本書をあげており、さらに『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の著者である三宅香帆氏も、本作の影響を受けたと公言している。そうした種火からやがて炎が上がり、令和の今に煌々と光を放つまでになった本書。教養主義は、人生にたとえるなら黄昏てしまったといえるかもしれないが、決してそれは我々と断絶した過去ではない。教養主義は日本に存在したし、そうした教養に魅了された人間が作り上げた遺産の上に、私たちは立っている。だからこそ、意外なところで本書に共感するかもしれないし、新たな発見につながるかもしれない。

著者

竹内洋(たけうち よう)
1942年(昭和17年)、東京都生まれ。京都大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、京都大学教授、関西大学教授を経て、京都大学名誉教授。専攻、歴史社会学・教育社会学。
著書『大衆の幻像』『メディアと知識人』『革新幻想の戦後史』『学問の下流化』『丸山眞男の時代』『大学という病』(中央公論新社)、『社会学の名著30』(筑摩書房)、『増補 立身出世主義』(世界思想社)、『学歴貴族の栄光と挫折』『立志・苦学・出世』(講談社)、『日本のメリトクラシー』(東京大学出版会)など。
編著『日本の論壇雑誌』(共編、創元社)など。
訳書『知識人とファシズム』(共訳、柏書房)など。

本書の要点

  • 要点
    1
    教養主義は旧制高校を舞台とし、大正教養主義として花開いた。その後、急速に勢力を伸ばしてきたのがマルクス主義である。
  • 要点
    2
    旧制高校で教養主義にのめりこんだ者は、その後、帝大文学部へと進学した。帝大の文学部に進んだ学生は教師となり、そして教師に影響された学生が教養主義にのめりこむという循環が生じていた。
  • 要点
    3
    日本社会の変化は、教養主義の環境を一変させた。教養知は技術知にとってかわられ、教養主義を生み出していた地方と都市部の格差が縮小する。教養主義の終わりが近づいていた。

要約

教養主義とは

教養主義という文化

『世界』や『中央公論』といった総合雑誌の購読によって教養主義者となり、教養共同体を形成する。文学、歴史、哲学などの本をたしなみ、「あれもこれも」の「大正教養主義的な様式をなぞった読書生活」。そうした一部のプチ教養主義者が、「ニーチェのいう教養俗物のようなものであったことは否めない」。サルトルブームにしても、学生の多くは作品の中身を理解していなかっただろう。「教養知は友人に差をつけるファッションだった」。教養崇拝は、学歴エリートという「成り上がり」の者たちが「教養」によって「『インテリ』や『知識人』という身分文化を獲得する手段」でもあった。こうした不純な動機は、キャンパスの規範文化に覆い隠され、意識されることはなかった。

だが、動機が不純と言えど、教養によって人格を完成させ、知識によって社会をよりよい方向に導きたいと考えたこともまた、嘘ではない。こうした教養主義はどうして学生を魅了したのだろうか。そして、なぜ教養主義からそうした魅力が喪失したのだろうか。

本書の対象は教養そのものではなく教養主義、ひいては「教養主義者の有為転変のほうにある」。近代日本社会の歩んできた道を踏まえつつ、教養主義と教養主義者の軌跡から、エリート学生文化のうつりゆく風景を描き出すのが本書の目的である。

旧制高校という場所
Willowpix/gettyimages

1932年生まれの戦後作家、黒井千次と石原慎太郎は、旧制中学校に入学しながら、戦後の学制改革により新制高等学校を卒業、新制大学に入学した世代だ。2人よりも3歳若い大江健三郎を「純」新制高校世代とすると、黒井も石原も「半」新制高校世代といえるだろう。その意味において、「旧制高等学校世代ともっとも接近した新制高校世代」なのである。それゆえ彼らは、「旧制高校的なるものや旧制高校的教養主義に対するなんらかのスタンスをとらざるを得なかった」のであり、しかも、黒井は継承・反復、石原は反撥・侮蔑という正反対の態度であった。

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要約公開日 2025.09.27
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