フライヤー×サーキュレーションの「知見と経験の循環」企画第9弾。 経営者や有識者の方々がどのような「本」、どのような「人物」から影響を受けたのか「書籍」や「人」を介した知見・経験の循環についてのインタビューです。 今回登場するのは、株式会社東京片岡英彦事務所の代表取締役を務める片岡英彦さん。 日本テレビの報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーへ。その後MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」(現、株式会社東京片岡英彦事務所)を設立。特定非営利法人「世界の医療団」の広報責任者としてもキャリアを積まれました。 現在は事務所の代表を務めながら、東北芸術工科大学で教鞭をとり広報部長と兼任され、宣伝会議「Advertimes」をはじめ様々なメディアで連載を書かれるなど、八面六臂の活躍をされています。 片岡さんは実は「気が狂うくらいに書店に通って」きたといいます。広報・宣伝のプロフェッショナル街道を歩んできた片岡さんはどんな本をどのように読み、「人の心を動かす戦略PR」を生み出してこられたのでしょうか。
── 片岡さんは学生の頃から読書家だったのですか。普段、どんなふうに読書をされているのか教えてください。
片岡英彦さん(以下、片岡):学生時代は本代に一番お金を費やしていましたね。書店には学生時代も社会人になってからも、気が狂うほど足を運んでいますが、「これを学ぼう」と意識して読書をするのは少ないですね。
20代の頃から雑誌はジャンルを問わず読んできましたが、最近はiPadで雑誌が読み放題になる「ビューン」というアプリがあるので、毎週新着の雑誌をダウンロードしてざっと目を通し、あとで気になるところをじっくり読むという感じです。
偶然目に飛び込んできた本や雑誌を読むのを習慣にしていると、ある日、昔読んだものと今読んだものの関連性をひらめいて、それが企画に活きることもあるんです。
── これまでに読まれた本の中で一番、ご自身に影響を与えた本は何ですか。
片岡:一番感銘を受けたのは、いがらしゆみこさん作の『キャンディ・キャンディ』という漫画と、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』という小説です。後者は、何度読んでも中身を理解しきれないのがいいですね。すぐに理解できてしまう本ってつまらないじゃないですか。一度騙されたと思って読んでみてください。難解すぎて10分で嫌になりますから(笑)
さっき、突然何かの関連性が思い浮かぶという話をしましたが、実はこの2作とも三兄弟が登場するんです。『キャンディ・キャンディ』にはアンソニー、ステア、アーチ—という、女性がいかにも憧れそうなそれぞれに魅力を持った三兄弟が、そして『カラマーゾフの兄弟』にはドミートリイ、ワーニャ、アリョーシャという、ちょっと性格に難のある三兄弟が出てきます。なんだか意外な共通項だと思いませんか。
実は、男性はあまり読まない少女マンガでも、10分で読みたくなくなるドストエフスキーの本でも、とにかく一度ふれておくと、思わぬ仕事上の「出会い」に結びつくんです。ある本を読んだときの自分なりの「気づき」と、別の全く関係のない本から得た「気づき」。すぐにシンクロすることはないですが、その後出会った人の「ある言葉」がきっかけで、気づき同士の共通点が見つかることもありますし、同じタイミングで、尊敬していた方から「そう、それによく気づいてくれた!」と共鳴していただける場面にも出くわします。
これを「共時性(シンクロニシティ)」というんですが、この共時性に導かれるようにして、私の気づきに共感し、思いがけず協力してくれる人が現れたり、フランスのNGOの世界に飛び込めたり、研究論文もないのに芸術大学の教授のチャンスをいただけたりという風に、新たな仕事につながってくるんですよ。
── 後々になって、因果関係のないはずの「気づき」が新しいチャンスや、人との出会いを呼び込むのですね。
片岡:そうそう。あと何度も読みたくなる本は『窓ぎわのトットちゃん』(講談社文庫)です。11歳くらいのときに初めて読んで以来、10年に一度は買い直して読んでるかな。内容も全部頭に入っています。作者の黒柳徹子さんが好きなんです。「徹子の部屋」はインタビューするときのお手本にしています。黒柳さんは聞きにくいことは相手に直接聞かないのに、相手の方から気持ちよく話してもらっている、番組自体、カットも編集もいれてませんから。今年の紅白の総合司会も黒柳さんに決まりましたしね。
── 10年に一度買い直して読まれるってすごい! それだけ思い入れのある本があるって素晴らしいなと思います。
── 戦略PRとは何か、PRの初心者の私にもわかるように教えていただけますか。
片岡:よく「おむつ」という具体例で説明しますね。布おむつが主流だった時代は、紙おむつというだけで「洗わなくてもいいなんて便利!」「使い捨てできる!」と飛ぶように売れました。競合商品が増えると、吸水率の高さという「機能面」を訴求するようになります。今だと機能面のニーズはどのオムツも満たされているので、今度は「赤ん坊の眠りの質」というような社会問題と絡めて、この紙おむつを使うとぐっすり眠れるという大きなストーリーを語って、個人的というよりは社会的な価値を訴求することなどで、その商品を買いたいというムードを創る。これが戦略PRです。つまり、同じものを売っていたとしても、時代背景や顧客の志向の変化に合わせて、訴求ポイントを変えていくこと。
── こういう訴求ポイントを見抜くために大事にされていることってありますか。
片岡:歴史の変化を知ることと、顧客の話をよく聞くことが大事です。そのうえで意識しているのは、時代の流れにも人の感情にも必ず存在する「バグ」(不便やストレス)に関心と配慮を向けること。例えば、時代はデジタル化に向かい、この時計の針が逆まわりになることはありません。ですが、完全に一直線に向かっているのかというとそうでもなく、逆行する人もいれば、あえてその流れには乗らない人もいます。これが「バグ」です。PRの本質は、あくまで「人」を動かすことなので、大きな時代のうねりの中で、この「バグ」をどう見つけ、どう対応していくかだと思います。見つけた「バグ」を大きなムードに合わせることもあれば、「バグ」をことさら重視して注目を集めることも、あえて無視してないことにすることもできます。まずは「バグ」に気づけるかがポイントですね。
── 片岡さんは、宣伝会議「Advertimes(アドタイ)」やWebダカーポのインタビューコラム「片岡英彦のNGOな人々」など、ついバックナンバーまで読みたくなる記事を書いておられます。(詳しくはこちら)新鮮な「ネタ」で「読ませる記事」を書く秘訣は何なのでしょうか。
片岡:何か書きたいテーマAがあると、そこからすぐに関連するテーマBにはあえてふれないようにして、テーマAから遠いところにある、一見関連のないテーマCから発想してみるんです。テーマCから最後はAとBに着地するように逆算して書くんです。
例えば「大学」について記事を書くとしたら、「学生」というテーマだと近すぎるのでネタに限界があります。そこで「最低労働賃金」というテーマから発想すると、山形(東北芸術工科大学の所在地)にいる学生のアルバイトの時給が都内のそれと比べて低いなとか、テーマに広がりを出すことができます。
適当な題目を3つ折り込んで即興で演じる落語の「三題噺」に似ていますね。ブレインストーミングで発想を柔軟に広げたいときにも使えるワザです。なぜこうしてネタばらしできるかというと、「離れたテーマ」の選び方は人それぞれで、パクられる心配がないからです(笑)
── あえて本題から離れたところに「置き石」をかますのですね。この斬新な方法をどうやって編み出されたのですか。
片岡:マクドナルドでマーケティングやPRをやっていたときに、「これまでやったことのないことをやれ」と言われ続ける中で、自然とこういう発想をするようになったのかな。お客さんの需要そのものを新たにつくり出す「デマンドクリエイション」が私のミッションでしたから、常に新たな切り口を考えることが求められていました。
「ハンバーガー」×「チキン」というありふれた掛け算じゃなくて、例えば「ハンバーガー」×「映画」という風に新しい「映画」という素材が出てくるかが大事なんです。あとは「できない理由」ではなく「できる方法」を考える。となると、例えば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と名づけたハンバーガーを売り出すとか、人気の映画にハンバーガーを使った演出を取り入れてもらうとか、具体的な施策(プロモーション案)はいくらでも思いつきますよね。
── 最後に、オリジナリティのある発想ができるようになりたい人へのおすすめの習慣を教えてください。
片岡:知識を得るための読み方と、自分をつくるための読み方を使い分けることですね。前者は、あるテーマについて調べたいときに、ネットで検索するのと同じように、書店に並んでいるベストセラーを片っ端から乱読する読み方です。そして作家やテーマ、表紙のデザイン、帯のテイスト、書店の棚の中での並べ方などを観察して、今の旬は何なのか、今後は何が流行りそうなのかを知ることです。
一方、後者は例えば『窓ぎわのトットちゃん』を10回読んだり、『キャンディ・キャンディ』を20回読んだりすること。作品は何でもよいですが、手離れの悪いこと、誰も試そうとしないことをやっていると、「自分にしかできない排他性」が生まれます。よく独自性が大事と言われますが、独自性だけだとすぐ他人にまねされちゃうんです。
あと、最近私が工夫しているのが、いかに通勤をルーティンにしないようにするかということ。大学で教えるようになってから毎週東京と山形を往復しているんですが、毎回、ルートを変えるとか、降りる駅を変えて歩くとか変化を加えるんです。そうすれば目に入ってくる情報が全部変わってきます。
何につけても「好奇心」と「セレンディピティ(偶発的に思わぬ発見をする能力)」を大事にしているのですが、今の時代の旬なものと、誰にもまねできない自分ならでは排他的なものを掛け合わせていくと、セレンディピティが高まるような気がします。
── 「自分にしかできない排他性」とは何か、考えてみたいと思います。ありがとうございました!
日本テレビ、アップルコンピュータ、MTVジャパン、日本マクドナルド、ミクシィにて 広報部長、マーケティングPR部長等を歴任してきた片岡さん。 「好奇心とセレンディピティー」を大事にしてきた片岡さんのキャリアとは、 そして当時アップルでの配属について原田泳幸氏に言われた言葉とは? ビジネスノマドジャーナルのインタビューはこちらから