ナショナル ジオグラフィックの編集哲学
130年にわたって読者を魅了し続けられる理由

マチュピチュの調査や沈没したタイタニックの発見、植村直己の世界初となる北極点単独踏破。地球上の「冒険」と「発見」を支援し、その活動を世界180カ国、約840万人の読者へ紹介してきたのが「ナショナル ジオグラフィック」です。扱うテーマはまさに森羅万象。

雑誌づくりの舞台裏について、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の編集長である大塚茂夫さんにお聞きしました。日本版創刊から22年。読者を魅了し続けている秘訣は何なのでしょうか。

「ニッチなのに親しみやすい」ナショジオの絶妙な世界観

「ナショナル ジオグラフィック」(以下、ナショジオ)は、どんな雑誌なのでしょうか。

ナショジオは、研究者・探検家たちの活動を世に伝えるために130年ほど前にアメリカで誕生した雑誌です。
未知なる世界を開拓していく探求心の塊のような彼らを応援することが、人類への貢献になるのではないか。これまでに支援してきた調査・探検のプロジェクトは、自然、探検、歴史、地球環境、科学、宇宙など多岐にわたり、1万件を超えます。

ナショジオ日本版は定期購読の割合が大きく、創刊から愛読している読者も少なくないという。

1995年に初の外国語版として創刊された「ナショナル ジオグラフィック日本版」は、その精神を受け継ぎ、本国の翻訳記事に加えて、日本独自の記事も紹介しています。
テーマは地球丸ごと。専門知識の有無を問わず、幅広い年代の方が、地球で起きている問題について「もっと知りたい」と思うきっかけをつくりたいと考えています。

学生時代に比較文化を勉強されてきた大塚さん。多種多様な文化へと開かれた「窓」のような雑誌をつくりたいと語る。

ナショジオは、かなりニッチな独自の世界観をもったテーマも多く扱っているのに、専門知識のない読者でも手に取りたくなる。そんな間口の広さを感じます。企画検討の際に、そのバランスをどう意識されているのでしょうか。

意識しているのは、一歩先をいくということ。世界のネットワークを通じて研究・調査の最前線を取り上げられるという、ナショジオの強みを活かして、他のメディアがまず取り上げないようなトピックを掬いとる。同時に、読者の興味をひくには、親近感をもってもらう工夫もいります。

2017年8月号では、魚類学者、タレント、イラストレーターといった多彩な顔をもつ、さかなくんに登場してもらいました。“シーボルトの絵師”とも呼ばれる川原慶賀という絵師が江戸時代に描いた魚の絵について語ってもらったんです。普通の魚類学者の解説とは一味違った「おもしろさ」を生み、読者からも良い反響がありました。

2017年8月号「江戸水族館へようこそ」には、多種多様な珍しい魚の絵を、さかなくんがユーモアたっぷりに解説した。ナショナル ジオグラフィック日本版のWebサイトより

(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/magazine/17/072100012/072100003/)

とことんビジュアル重視、「明治神宮」特集の舞台裏

ナショジオが他の雑誌と比べて特徴的な点は何でしょうか?

写真やグラフィックといった「ビジュアル」の力は大きいですね。普段親しみのないテーマに、読者の関心を向けるには、「何、これ? こんなの見たことない」というインパクトを与えられるかどうかが勝負。一般的な雑誌に比べて、キャプションよりも写真が目立つ構成になっているのも、その狙いがあるから。

2016年1月号の「明治神宮 祈りの森、百年の生命」の特集を例にとりましょう。この特集に込めたメッセージは、「東京という大都会の中でも、明治神宮には実はこんなにも豊かな生命が宿っている」ということ。

となると、単に珍しい生き物をクローズアップするだけでは足りない。都会に生息していることを裏づける写真が必要でした。そこで、バックに東京のランドマーク的なビルが写った写真で、「ヤマトタマムシがこんな大都会に生きている」というミスマッチ感を出せば、読者を惹きつけられるのではないか。そんな狙いがありました。

古くから珍しがられている生き物が大都会に生息している、という奇跡的シーンを背景のビルとのコントラストで示す。2016年1月号ナショナルジオグラフィック日本版より

もう一つ工夫したのは、明治神宮の境内にある木すべてについて、樹種と本数を調べたマップをグラフィックで紹介したこと。確認された本数は3万6322本。100年前に植樹したときには木の半分を占めていた針葉樹が、全体の5%未満に減少し、かわりに常緑広葉樹が約72%にまで増えていたことが判明しました。

こうした定量的なデータを一目でわかるようなグラフィックで示すことで、明治神宮の森の変遷を、より説得力をもって読者に伝えられると考えました。

普通に明治神宮を参拝するだけではうかがいしれない「鎮守の森」の姿を浮かび上がらせたかった、と語る大塚さん

写真一枚ですら妥協しない。選定基準は「第一読者の私が驚くかどうか」

日本版独自の企画についてはどのように制作されているのでしょうか。

日本版専属の編集者は私をくわえて3名。そして、翻訳者、写真家の方々の協力のもと制作しています。企画については、ナショジオとお付き合いのある写真家が撮りためていた写真を発端に、「この写真をもとに、こんなストーリーを伝えるのはどうか」と決まっていくこともありますね。

写真の選定では、一流のフォトグラファーが撮った写真から一枚しか使わないこともあるなど、徹底したこだわりがあると聞きました。

一定のクオリティが担保された写真を掲載できるかどうかは、企画を進めるうえで譲れない基準です。売り込みに来られる写真家の方々には、「まずは私を驚かせてください」と伝えています。第一読者である私(編集長)が驚かない写真なら、おそらく読者の心を動かせないだろうと。20年以上ナショジオを愛読している読者もいるのだから、たった一枚でも妥協はできません。

例えば、「東北の5年間 6つの物語」という特集。東北の人たちの思いや移り変わる風景を、6人の写真家がそれぞれの角度から伝えるという企画です。

2016年3月号の東北特集は日本版の中でも特に反響が大きかった。ナショナルジオグラフィック日本版のWebサイトより
(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/magazine/16/021700007/021800002/)

副編集長は、震災直後から現地で撮り続けてきた6人の写真家一人ひとりと、どの写真を採用するのか議論を重ねていました。「この写真では読者に伝えたいものが伝わらない」。そんなときは、相手がどれだけベテランであろうとも、Noと言わざるをえない。

その写真が撮られた瞬間の興奮というのは、現場にいない編集者には味わえません。写真家には「これを伝えたい」という思いや意図がある。現場に張りついて撮った、「これぞ」という渾身の一枚に対し、第三者が意見できるのか。そう自問することもあります。

ですが、「読者により近いのは私たち」という意識で、「あの写真のほうが読者に伝わるのではないか」などと率直に提案をしていく。着地点を見出すには、写真家へのリスペクトをきちんと示しながら、対話を重ねるしかありません。

ナショジオ編集部がこれほどまで、こだわりを貫ける背景には何があるのでしょうか。

どんな企画も、読者に伝わってはじめて意味があると考えているからです。日本版の企画も、アメリカのナショジオ本誌が130年間積み上げてきた「イエロー・ボーダー(※1)」というブランドにかなうものかが絶えず問われます。
アメリカの編集部から日本版への意見が届くこともありますが、「日本の読者にはこういう見せ方のほうが伝わる」というときは、自分たちの考えは臆せず伝える。常に日本の読者の代表という意識があるためです。

ポスト印象派の画家、ポール・ゴーギャンは、『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』という傑作を残しています。編集をするなかで感じるのは、ナショジオが扱うテーマは、まさにこの作品そのものだということ。地球について探求することは、人間の歴史と今を知り、そして未来を見通す一歩になる。企画のストーリーにせよ、写真にせよ、この言葉を果たして体現できているのか、と常に問い続けているんです。
(※1)イエロー・ボーダー:ナショジオの表紙が黄色の枠で囲まれていることから、ナショジオのブランドのことを、こう呼ぶ。

ナショジオがめざす次なる未踏峰は「人間の内面」

ナショジオが今後注力していきたい活動は何ですか。

一つは、世界中の動物園にいるすべての動物たちを写真に収めるというPhoto Ark(フォトアーク)というプロジェクト。世界的に有名な写真家ジョエル・サートレイとナショジオが、10年以上にわたって世界をめぐり、7000種を撮影してきました。その成果の一部を、『PHOTO ARK 動物の箱舟』などの写真集に収めています。

「合わせ鏡」「変わりもの」などと独自のテーマ別に掲載し、読者の目を釘づけにするのがナショジオ流。

狙いは、動物絶滅への危機感を人々に訴えかけること。ページを開くとそこに現れるのは、愛嬌をもった表情や、意表を突くポーズ。読者に動物への愛着をもってもらうことで、動物保護への関心を高められると考えています。

もう一つは、新たな針路として「人間の内面」に迫っていきたいと考えています。実際に、ナショジオ本誌にもジェンダー、依存症、天才といったテーマが登場しています。

地球への飽くなき探求心の対象には、人間自身の内側も含まれます。そしてこの内面こそが一番奥深く、未知のものが多いといえる。これをナショジオらしい科学的な切り口で迫っていくことで、人間の悩みの根源を知る糸口になるのではないかと考えているんです。

脳や心といった目に見えないものを、どんな形でなら、インパクトをもって読者に伝えられるのか。ナショジオの探求は新たな局面を迎えるといってもいいかもしれません。

ナショジオが年代を超えて愛される理由がわかりました。新たな探求の旅を、今後も追い続けたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。

PHOTO ARK 動物の箱舟 絶滅から動物を守る撮影プロジェクト
PHOTO ARK 動物の箱舟 絶滅から動物を守る撮影プロジェクト
著者
ジョエル・サートレイ
出版社
日経ナショナルジオグラフィック社
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100年後も見たい  動物園で会える絶滅危惧動物 (ナショナル ジオグラフィック 別冊)
100年後も見たい 動物園で会える絶滅危惧動物 (ナショナル ジオグラフィック 別冊)
著者
出版社
日経ナショナルジオグラフィック社
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大塚 茂夫

1969年、静岡県伊東市生まれ。大学で文化の多様さと奥深さを学ぶ。卒業後、NHK で報道番組ディレクター、アリタリア航空で貨物営業を経験し、2004年から『ナショナル ジオグラフィック日本版』の編集に携わる。2011年1月、編集長に就任。

「ナショナル ジオグラフィック」は米国ワシントンD.Cに本部を置く世界最大級の非営利の科学・教育団体ナショナル ジオグラフィック協会が1888年に会員誌として創刊した。その発足以来、1万件以上の研究・調査プロジェクトを支援し、大地・海・空に広がる「世界の地理知識向上」に貢献している。

「ナショナル ジオグラフィック日本版」は、1995年4月に初めての外国語版として創刊され、現在は40の言語で発刊されている。購読者は全世界で850万人。

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/

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文責:松尾 美里 (2017/10/23)
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