人財育成の新潮流、「成人発達理論」とは?
これからのマネージャーに求められる人間的成長を促す力

人財育成の新潮流、「成人発達理論」とは?

今回インタビューさせていただくのは、人財開発コンサルタントで知性発達科学者の加藤洋平さん。 「どうしたら人と組織は変わっていくのか」、「真の成長を促すには何が必要か」。 こうした問いに対し、著書『なぜ部下とうまくいかないのか:「自他変革」の発達心理学』(日本能率協会マネジメントセンター)は、「成人発達理論」を用いて、ストーリー仕立てでわかりやすく解説しています。 変化の激しい現代において、個人が多様な価値観を理解することが求められています。その理解のガイドとして役立つのが、内面をいかに成長・成熟させていくかを研究する「成人発達理論」。近年、特に組織開発・人財開発において注目を集めているそうです。自己の成長や部下の育成において、成人発達理論をどう活かせばいいのかについて、お話を伺いました。

人間の成長には2種類ある

── まずは、加藤さんの現在の活動を教えていただけますか。

現在の活動の軸は2つあります。1つ目は、知性発達科学の研究者としての活動です。オランダにあるフローニンゲン大学で、知性や能力がどのように発達していくのかについて研究しています。

2つ目は、知性発達科学の一分野である成人発達理論を活用した人財開発コンサルティングや成長支援コーチングです。オンラインシステムを活用して日本とオランダをリモートでつなぎ、そうしたサービスを日本企業に提供しています。

複雑性科学と人間発達の分野で権威のあるフローニンゲン大学 venemama/iStock/Thinkstock

成人発達理論とは、「私たちの知性や能力が一生をかけて成長を遂げていく」という考えのもと、人の発達プロセスや発達メカニズムを解明する学問です。同じ発達理論でも、年齢ごとの心理社会的発達課題を体系化したエリクソンや、「欲求5段階説」を説いたマズローの理論は、日本でも市民権を得ています。

実は、成人発達理論の中にはエリクソンやマズローの理論以外にも、洞察に満ちた理論が多数存在しています。代表的なものの一つとして、ハーバード大学教育大学院教授ロバート・キーガンの発達理論があります。ですが日本では、キーガン教授の理論は、『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)という本を通じてしか触れることができないのが現状です。彼の理論は、エリクソンやマズローとは異なる観点から、人間の発達に目を向けたという点で画期的であり、その本質を人財育成や組織開発に関わる方にも知っていただきたいという想いから、『なぜ部下とうまくいかないのか』を執筆しました。

なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
加藤洋平
日本能率協会マネジメントセンター
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なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
著者
加藤洋平
出版社
日本能率協会マネジメントセンター
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なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践
なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践
ロバート・キーガン, リサ・ラスコウ・レイヒー 著 池村千秋 翻訳
英治出版
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なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践
なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践
著者
ロバート・キーガンリサ・ラスコウ・レイヒー 著 池村千秋 翻訳
出版社
英治出版
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── キーガンの理論の中でも、読者に一番伝えたいことは何でしたか。

成長には「水平的な成長」と「垂直的な成長」の2種類があるということです。水平的な成長とは、知識やスキルを獲得するような量的な成長のことを意味します。これに対し、垂直的な成長とは、人間としての器自体が広がって、認識の枠組みが変化し、人間性が深まっていくような質的な成長を指します。両方とも大事ではありますが、日本の企業社会では、水平的な成長にばかり目が向けられる傾向にあります。また、真に個人の人間性を深めていくような意識が希薄であり、それを促す機会は限られているのが現状です。いくら新しい知識を得ても、それを受け取る「器」が未熟ならば、知識を仕事や日々の活動に活かすことが難しくなってしまいます。

そこで本書を通じて、垂直的な成長の概念をお伝えすることで、読者が成長や人間関係の課題を新たな視点から捉えられるのではないか、と考えました。

垂直的な成長において、発達がさほど進んでいない段階では自分中心に物事を考えてしまう特徴があるのですが、発達するにつれて他人の価値観を理解し、自分と他人の意見を客観的に比較しながら合意形成をめざせるようになります。ですが、企業社会におけるほとんどの人は、上司の意見には従うものの、自分の意見がない、といった段階で止まってしまっているのです。

しかし、部下を育てる立場にある人は、成人発達理論の「発達段階5」に近づいている必要があります。発達段階4にいる人は、自分の意見は確立できているものの、他人の価値観と自分の価値観の双方を客観的に眺めることができず、自分の価値観のみにとらわれてしまうという特徴を持っています。一方、発達段階5に近づいている人は、自分の価値観を持ちながらも、多様な価値観を受容することによって、自分の価値観そのものをさらに深めていくことができます。さらには、「自分の成長が他者の成長につながり、他者の成長が自分の成長にもつながる」という認識が芽生えてきます。これは、「相互発達的な認識」と呼ばれるものです。こうした認識を持てる人は、真の意味で部下の成長を支援することが可能であり、それが巡り巡って自分の成長につながるということが起こります。

本書では、段階が一つ上がるごとに、どのような質的成長が起きるのかを「よく見受けられがちな部下の行動」の具体例とともに紹介しています。

発達段階5に達するカギは、「適切な支援のもとに、異質な存在と向き合い、葛藤を乗り越えていくことにある」

── 発達段階5に達するには何が必要なのでしょうか。

まずは、発達段階4の課題をクリアしておく必要があります。段階4では、自分なりの価値基準を持ち、自律的に行動できるかが問われます。

そのうえで、段階5に到達できるかどうかは、適切な支援のもとに、「葛藤を経験しながら、それをいかに乗り越えていくか」にかかっています。キーガンが指摘しているように、垂直的な成長を遂げていくには、取り巻く他者や環境からの支援を受けながら、自分の価値観と相いれない人と出会い、時にぶつかりながら、向き合っていくことが重要になります。さらに、異質な存在と向き合う中で、自分の価値観を再構築していかなければなりません。例えば「得意分野ではないと尻込みしていたプロジェクトに参加してみよう」とか、「あの上司は苦手だけど、あえて話す機会を増やしてみよう」というように。異業種や異なる職種の人と交流するのも一つのアクションかと思います。

とはいえ実際には、自ら進んで自分と真逆な存在と向き合える人はほとんどいません。そこで、そうした存在と向き合うサポートをしてくれる他者の存在が重要になります。

他者からの支援を受けながら、自分と対極にある人や物事と向き合う経験を積み重ねていく。この継続によって、異なる価値観を徐々に受け入れられるようになります。その結果として、自分の価値観が新たなものに変容し、抱えていた課題が解決されていくという現象が起こります。

── 異質な存在と向き合うことによって葛藤を乗り越えていく経験がカギになるのですね。

それに加えて大切なのは、発達のダイナミズムを理解しながら、日々の行動を積み重ねていくこと。発達というと、時の経過とともに直線的に上昇していく比例のグラフをイメージする方が多いかもしれません。ところが、近年の発達科学の研究から、発達のプロセスは非線形的に進んでいくことが明らかになっています。そのプロセスは、まるで乱高下の激しい波のように映ります。実際に私たちは、発達の過程の中で常に停滞や退行を経験しながら、少しずつ成長し、あるとき突然大きな飛躍を遂げていくのです。

成長の「地図」を持ち、実際に歩き回ってみるしかない

── こうした発達理論を人財育成に活かすために、マネージャーは何を心がけるとよいのでしょうか。

成長の見取り図である発達理論を学ぶことが、最初のステップとして取り組みやすいのではないでしょうか。生涯を通じて人間がどのように成長していくかを大まかに示す「地図」があると、メンバーそれぞれの発達段階とこれからの方向性を把握しやすくなるからです。

大事なのは、地図上の世界を実際に歩いてみること。例えば、グーグルマップをただ眺めるのではなく、実際にその土地を歩いてみてはじめて「あ、ここに自販機があるのか」といったことに気づけます。人の成長や育成も同じで、相手と関わる中で、地図には書かれていないその人固有の特徴をつかみ、その特徴に基づいて、相手にとって最適な成長支援の方法を模索していくことが大事なのです。

例えば、自分があるチームのリーダーだとします。そのチームには、年次が上の人の前では自分の意見をつい抑えがちなメンバーがいて、メンバーの言動から、おそらくこの人は発達段階3から4へと移行する過渡期ではないかと見立てることができたと仮定します。そうしたら今度は、そのメンバーが自律的な自己を確立していけるように、どんな取り組みができるかを考えてみることが大切になります。「次の会議では、年次に関係なく意見を言えるようなファシリテーションを取り入れよう」、「自分の判断で動いて成功した体験を積んでもらうために、仕事を依頼するときに細かい指示は控えておこう」というようなアクションプランが考えられます。同時に、メンバーがどの発達段階なのかを探るには、一人一人のことを常日頃から知ろうとする姿勢が求められるのです。

マッキンゼー、FBI、CIA。成人発達理論を活かす欧米の先端事例

── 成人発達理論は、欧米の企業では浸透しているとのことですが、例えばどんな事例がありますか。

キーガン教授と親交の深いマッキンゼーのボストン支社は、さらなる成長を目指すコンサルタントが、より上位のポジションに昇進するために一皮剥けることをうながすべく、「変化にブレーキをかけている要因」を探るうえで成人発達理論をもとにしたトレーニングを導入しています。

また、FBIやCIAのような諜報機関はかなりユニークな形で発達理論を取り入れています。具体的には、 FBIの捜査官やCIAの諜報員の具体的な実務能力、例えば「意思決定能力」や「視点取得能力」に焦点を当て、そうした能力を育んでいくために、成人発達理論をもとに開発したリーダーシップ能力に関するアセスメント手法を導入していました。

── FBIやCIAでも取り入れているって、初めて知りました!

小児がんと闘ってきた大学生が教えてくれたこと

── 加藤さんは、アカデミックな領域にある成人発達理論と、日本のビジネスの現場をつなぐ架け橋のように感じました。

研究を深めていくにつれ、「研究から得た学びを企業社会や教育の場に還元し、成長支援という実務に携わることも大事なのではないか」という想いが強まっていったんです。

大きなきっかけになったのは、小児がんの子どもたちをサポートするNPO法人での活動でした。米国の大学院に留学していた頃、小児がんと闘う大学生たちに対し、成人発達理論に基づいたコーチングを提供していました。

学生の中には、闘病によってさまざまな機会が制限されているにもかかわらず、一般的な社会人以上に内面的な成長を遂げている学生もいたんです。ある学生は、「僕は小児がんにかかってよかったと思っています。がんのおかげで加藤さんに出会えたからです」という言葉を私に投げかけてくれました。

彼は、病気を通じていくつもの葛藤を乗り越えながら、自分の置かれている状況に意味を見出していき、周囲との人間関係の重要性や、生への感謝の念といったものを育んでいったのだと思います。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。これに関連して、深い心の傷ができてしまうような衝撃的な出来事を経て、その出来事が起きる前よりも肯定的な変化や成長が起こることがあります。これは「心的外傷後成長(ポスト・トラウマティック・グロース)と呼ばれています。自分ではどうすることもできない深刻な課題や壁に直面し、人との関係性の中でそれを打破しようとするとき、人は一番成長するのかもしれないと強く思わされました。

── 今後の執筆の構想をお聞かせください。

実は2冊目の本の原稿を書き終えたところなんです。私がこれまで影響を受けたのは、キーガン教授の理論の他に、元ハーバード大学教育大学院のカート・フィッシャー教授の「ダイナミック・スキル理論」があります。この理論は、私たちの知性や能力がダイナミックに成長していくプロセスとメカニズムを説明してくれるものです。新しい本では、フィッシャー教授が導き出した成長法則と、その法則を成長に活かすための具体的なエクササイズを紹介しています。また、現在流行しているマインドフルネス瞑想、リフレクション、システム思考の盲点を指摘するとともに、それらをどのように能力開発に活用していけばいいのかも説明しています。

春以降に発刊予定ですので、ちょうど心新たに新年度を迎える頃に、フライヤー読者のみなさんに届けられればと思っています。

── 2冊目のご本を読めるのが待ち遠しいです! 貴重なお話をありがとうございました。

なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
加藤洋平
日本能率協会マネジメントセンター
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なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学
著者
加藤洋平
出版社
日本能率協会マネジメントセンター
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加藤 洋平(かとう・ようへい)

人財開発コンサルタント 知性発達科学者

成人教育の権威ロバート・キーガンのもと、自己変革・組織変革モデルを学び、現在は、オランダのフローニンゲン大学にて「複雑性科学と人間発達」を研究。

ウェブサイト「発達理論の学び舎」にて、最新の成人発達理論を紹介している。

http://www.yoheikato-integraldevelopment.com/


文責:松尾美里(2017/03/02)