「ハマる」とは、コトやモノや人に関心が固着してしまうこと、繰り返してしまうこと、やめられなくなることをいう。ストレスを回避し、日常を支え、成長に資する「習慣」や「癖」をやめる必要はない。しかし、行きすぎた行為である「悪癖」を治したい人は多い。それには、好きな相手と離れられない、他者にノーが言えない、悪口、遅刻なども含まれる。
ロシアの医学・生理学者パヴロフが行なった実験は、「パヴロフの犬」として知られている。餌の時間に必ずベルを鳴らすと、餌が出なくともベルが鳴れば犬は涎を垂らすという現象である。この実験によりパヴロフは、動物と人間の神経活動に法則があることを発見した。これは「信号系学説」や「条件反射学説」と呼ばれている。
パヴロフによれば、人間の脳は2つの中枢神経系、無意識的な「第一信号系」と、意識的な「第二信号系」に分けられる。「第一信号系」は動物全体に備わっている「動物的な脳」で、環境から入力された「刺激」に対して「反応」を出力する。この「刺激」と「反応」が無意識的に繰り返されることで、生存が支えられる。このため「第一信号系」では、生存に成功した行動が同じように再現されるしくみになっている。
一方「第二信号系」は、意識的なコントロールシステムである。数百万年前に起立歩行をするようになった一部の動物が手を使った作業を行うようになり、失敗を重ね、成功に至るという作業を繰り返したことで発達した。思考、評価、計画、実行などを可能にする「人間的な脳」といえる。
しかし、たとえば日本の刑事司法体系では、人間はいつも「意思」に基づいて行動できるとされ、「第一信号系」の中枢作用は無視されている。私たちは、日常生活で「意思」に反したことをよくしてしまう。だから、「無意識の脳」である「第一信号系」の存在とその働きを知る必要がある。なぜなら、「ハマり」は、条件反射という「第一信号系」の神経活動が成立した状態であるからである。
「ハマり」から解放されるためにまず重要なのは、脳の中で起きている「条件付けの仕組み」を知ることである。
生存を支える「防御」「摂食」「生殖」の3つの活動に成功したとき、脳は「生理的報酬」と呼ばれるご褒美をもらえるという。このご褒美をもらうと、その行動に至る行動が定着する。
帰宅時に電車から降りてネオンサインを見ると飲み屋に行きたくなる人は、「夜が来た」「電車から降りた」「ネオンサインを見た」という環境からの「刺激」に対して、「第一信号系」から「飲みに行く」という行動が「反応」として出力されている。仕事の後に飲み屋での寛いだ雰囲気で飲酒してアルコールの薬理作用により「生理的報酬」が生じると、朝起きてからそこまでの「刺激」と「反応」の連続を「反射連鎖」という。この行動を反復すればするほど、「反射連鎖」は定着し、行動が固定的になるのである。こうなると、朝起きたときから夜の飲酒の方向に行動は向いている。
このとき、「第二信号系」が「思考」して飲みに行くのをやめる動作をとろうとすると、「第一信号系」との間で摩擦が生じ、焦燥や苦悩を感じる。この摩擦が大きいほど「欲求が大きい」と「第二信号系」は解釈する。しかし、実際に飲み屋に行って飲酒した回数が多いほど、「第一信号系」は有利になる。「第一信号系」は38億年前の生物誕生以来、生物の生存を支えてきたシステムなので、「第一信号系」が一つの行動を反復したときはどうしても「第二信号系」に勝ってしまうのだ。その結果、「わかっちゃいるけどやめられない」状況が発生するのである。
「第二信号系」は柔軟であるが故に、「第一信号系」に負けると、その欲求を正当化しようといかようにもゆがむ。ダイエット中に「夜じゃないからケーキ食べていいよね」とか、不倫中に「あの人には私が必要だから」といったように、正当化をはじめるのである。
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