うつ病は身近な病気だ。しかしうつ病になると多くのことに支障をきたし、生活の質や寿命が低下してしまう。
残念なことに、うつ病の原因やその対処方法に対して、確固たる答えはまだ出ていない。広く普及しているうつ病の治療薬は存在しているものの、ここ30年で飛躍的な進歩はなく、その効果は十分でないことが多い。このままだとうつ病は、世界に弊害をもたらす最大の要因となるおそれがある。
うつ病は心や脳の問題だと捉えられているが、うつ病のメカニズムを解明するには、思い切って別の考え方をする必要があるだろう。一般的にうつ状態に陥る原因として、深刻な病気やネガティブな体験が挙げられる。たとえばある患者がリウマチ性関節炎という炎症性疾患を患ってうつ状態になった場合、それは「リウマチ性関節炎にかかって悲観的な気分になったから、うつ病になったのだ」と考えられる。一方で「炎症が直接人の思考や行動に影響を与える」とは思われない。その根底には、「精神と身体は完全に別個のものだ」というデカルトの心身二元論(以下、二元論)が横たわっている。
こうした考えを覆しうるのが、心と身体を免疫系というメカニズムによってつなぐ「神経免疫学」(あるいは「免疫精神医学」)という学問分野である。神経免疫学だと、リウマチ性関節炎にかかった患者がうつ状態になったのは、炎症を起こしたことで産出されたサイトカインという炎症性タンパク質に原因があると考える。これが血液に乗って体中をめぐり脳に達することで、炎症シグナルが脳の神経細胞に伝わる。すなわち「心が炎症を起こした」というわけだ。
炎症とうつの関係性がこれまで無視されてきたのは、デカルトの二元論と無関係ではない。デカルトは「体は物理的、心は精神的」とし、両者を明確に区別した。多くの部品(神経、血管、筋肉)などから構成される人体を、デカルトは機械と捉えたのである。
このようないわゆる「人体機械論」は、人体を科学的に解明するきっかけとなった。その一方で、顕微鏡で見たり部品に分解したりできない心は、科学的に扱いにくいことから、心と体は同じではない異種のものとして捉えられてきた。
多くの医者もこのような二元論を根底に抱いている。そのため心と体を明確に区別しようとし、炎症を起こしたうつ病の患者を見ても「やっかいな病気にかかったことを知ったから、うつ病になった」と考えてしまう。デカルトの有名な言葉を借りるのであれば、「われ思う、ゆえに憂うつ」となる。
デカルト的二元論にとらわれず、「炎症が原因でうつ病が引き起こされる」という考えを理解するには、まず免疫の仕組みを理解する必要がある。
刃物で手を刺すなどして体のなかに細菌が侵入した場合、その細菌は驚くべきスピードで増殖を始める。こうした細菌の攻撃に対し、体中の隅々に張り巡らせる防衛線の役割を果たすのがマクロファージだ。マクロファージは敵の細菌に直接攻撃を加え、これを破壊する。同時にサイトカインを分泌することで、他のマクロファージを奮起させ、救援を依頼する。
しかし免疫系が細菌の増殖を抑制するために攻撃を加える際、罪のない第三者を誤って攻撃してしまうことがある。その際に分泌されるサイトカインが脳にまで到達すると、マイクログリアを活性化させ、脳にも影響を及ぼしてしまう。
炎症とうつ病の因果関係を調べる方法としては、一定期間にわたり、同じ人のサイトカイン濃度と気分状態をくりかえし測定するというやり方がある。
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