賃金とは何か

職務給の蹉跌と所属給の呪縛
未読
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賃金とは何か
出版社
朝日新聞出版

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出版日
2024年07月30日
評点
総合
3.8
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

賃金の仕組みについて、どれだけ深く考えたことがあるだろうか。本書『賃金とは何か』は、賃金という私たちの日常に密接するテーマを通じて、日本社会や労働市場の成り立ちを鋭く照らし出す一冊だ。

特に興味深かったのは、日本型雇用システムの本質に切り込んだ分析である。ジョブ型雇用が職務ごとの「値札」を基準に賃金を決定するのに対し、日本では「人」を基準に賃金を設定するメンバーシップ型雇用が採用されてきた。これは勤続年数や年齢といった属性が重視される年功賃金制や定期昇給制度につながり、労働者と企業の長期的な関係を支える基盤となっている。しかし、変化し続ける人口構造や労働市場の課題に直面しているいま、賃金制度が単なる経済的仕組み以上のものであることが浮き彫りになる。

また、賃金制度の歴史的な展開がいかにして日本の賃金制度を特徴づけてきたのか、本書では丁寧に描かれている。その中で、「賃金ベース」の発想が、賃金を抑制する仕組みからベースアップという賃金引き上げのロジックに転じていく流れは、経済状況や労使間の駆け引きが生むダイナミズムを感じさせた。

ただ歴史を追うだけではなく、読者に今後を考えさせる余地を残している点が本書の魅力だ。長期雇用慣行が揺らぎ、非正規雇用の拡大が続く中で、賃金制度はどこへ向かうべきか。賃金の形を問い直すことは日本社会の未来を考えることであるという、静かな訴えを感じた。

労働や雇用について考えるすべての人にとって、自分自身の働き方や賃金観についても再考したいと感じさせる、多くの示唆に富んだ一冊だ。

著者

濱口桂一郎(はまぐち けいいちろう)
1958年大阪府生まれ。労働政策研究・研修機構労働政策研究所長。東京大学法学部卒業。労働省、欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院調査局厚生労働調査室次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授を経て、現職。著書に『新しい労働社会 雇用システムの再構築へ』『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』(ともに岩波新書)、『若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)など多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    日本の賃金制度は、明治時代の高い流動性から、産業の重工業化に伴う定期採用制・年功賃金制の形成、大正期の長期雇用慣行の確立、戦後の職務給の推進、さらに能力主義の導入や人口構造の変化による課題を経てきた。
  • 要点
    2
    戦後日本では、企業単位の「ベースアップ」が賃金交渉の中心であった。一方、日経連は「定期昇給」や「生産性基準原理」を導入する。1975年の春闘は賃金政策の大きな転換点となった。

要約

雇用システム論の基礎の基礎

メンバーシップ型は「人」が基準
wakila/gettyimages

海外では、労働者が行うべき職務は雇用契約で明確に規定されている。一方、日本では、雇用契約に具体的な職務内容が記載されない、すなわち職務が特定されないことが一般的である。このため、日本の雇用の本質は、特定の職務(ジョブ)ではなく、組織への所属(メンバーシップ)にあるといえる。

ジョブ型社会の賃金制度としては「職務給」が採用される。その金額は職務評価という仕組みによって定められるため、ジョブ型社会における賃金は職務に基づいた固定価格制である。

一方、メンバーシップ型社会では、雇用契約で職務が特定されないために、職務を基準に賃金を決めるのは困難だ。その結果、職務と切り離して「人」を基準に賃金を決めるしかない。労働者が納得できる客観的な基準として、「勤続年数や年齢といった労働者の属性」を採用するのが年功賃金制である。その具体的な仕組みとして、毎年少しずつ賃金が上昇する定期昇給制が挙げられる。これらの性質から、この日本の賃金を「属人給」と呼ぶ。

とはいえ、現代日本の年功賃金制は、勤続年数や年齢による一律昇給を採用しているわけではない。この点を誤解している人は多いが、現在の日本の賃金制度の最大の特徴は、個別評価による賃金分布の分散にある。

ジョブ型社会では、一部のエリート層を除けば、一般労働者に対する人事査定が存在しない。あらかじめ職務記述書に書かれた職務に定価がついているからである。この社会における団体交渉や労働協約は、職種や技能水準ごとの賃金水準を企業の枠を超えて設定するものであり、数年ごとに大規模に行われる。

対してメンバーシップ型社会では、企業ごとに組織された労働組合が団体交渉を通じて労働協約を締結する。ただし、この協約は社員一人ひとりの賃金を直接決定するものではなく、企業全体の総額人件費の増加額を交渉する仕組みだ。

賃金の決め方

明治時代の賃金制度

明治時代の日本は、工業化が進み始めたばかりであり、労働市場の異動率は高かった。当時の平均勤続年数は1年程度であり、終身雇用制など存在していなかった。このように流動性の高い労働市場では、賃金は職種ごとに市場メカニズムによって決定されていた。

しかし日露戦争後、日本が重工業化の段階に入ると、雇用管理の仕組みに大きな変化が生じた。大規模な工場が自ら熟練職工の養成施設を設け、一から育成するようになったのだ。衣食住含めて企業が全額負担したため、職工は自分を育てた企業に忠誠心を抱き、長期間その工場に勤務する傾向が現れた。

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要約公開日 2024.12.29
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