大学を卒業した著者は、ロースクール進学までの長い休みにするアルバイトをどう探そうか考えていた。すると、不意に窓の外から今日付けでワーナー・ブラザーズの法律事務員を辞める人の話が聞こえてきた。
著者がすぐさまオフィスに電話をかけると、翌日の15時に面接に呼ばれた。その面接の15分後には法律事務員のアルバイトとして採用されていた。
法律事務員としての業務は書類を届けることだった。実働は1日1時間程度なのに8時間の時給がもらえる、簡単だがつまらない仕事だった。だが、書類が1970年代のハリウッドにその名を轟かす大物に宛てたものだと気づいてからは、仕事がおもしろいと感じるようになった。
しかし、当然のことながら、一介の法律事務員がハリウッドの著名人に直接会えるわけがない。たいていの場合は、彼らに雇われたアシスタントやドアマンが書類の受けとり人だったからだ。
著者は、どうにかして大物に会えないかと考えた。そこで、「書類を宛名の人に届けたことを自分で確認しなければならない」という、もっともらしい口実をつけた。すると、アシスタントやドアマンは納得し、部屋の中に入れてくれた。
こうして著者は大物たちと会話ができるようになった。ただ、大物たちと会うからといって、仕事をくれと頼んだりすることはしなかった。意見を聞いたり、将来の仕事についてアドバイスをもらったりするだけだった。
間もなくして、著者はロースクールよりも映画ビジネスの方がおもしろいと思うようになった。結局、著者はロースクールに行くのを辞め、1年間ワーナー・ブラザーズの法律事務員として働くことを選んだ。それがすべての始まりだった。
28歳になった著者は、人魚が陸に上がったら何が起きるのかということに強く興味を惹かれ、このアイデアを軸に映画のストーリーをつくろうと思った。ところが、共同経営者のロン・ハワードを含めて、誰もがこのアイデア に「ノー」をつきつけてきた。いくら売り込みをしても映画のスポンサーはつかず、相手にもされなかった。
それでも著者は、自分以外の人が何を拒否しているのかを粘り強く考え続けた。辿り着いたのは、
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