遠い昔から、人は「闇」に向かう恐怖を消し、「闇」を照らす光を求めてきた。宗教や哲学は「説明されること」による光を人々に提供したが、哲学から派生した科学は、とりわけ大きな光を人類にもたらしている。
だが科学はこのまま世界から「闇」を消し去っていくのだろうか。科学という体系は、本当にその絶大な信頼に足るほど、強靭な土台の上に建てられているのだろうか。「科学的」なものと「非科学的」なものは、簡単に区別できて、一方を容赦なく「断罪」できるものなのか。「科学的な正しさ」があれば、現実の問題はなんでも解決できるのだろうか。
本書はこういった観点から、科学の「光」と非科学の「闇」の間にある、様々な「薄闇」に焦点を当てていく。
バーバラ・マクリントックは若くして名声を確立した女性科学者だった。1951年、彼女は「動く遺伝子」説を発表する。刺激的で斬新なこの学説により、後に彼女はノーベル生理学・医学賞を受賞することとなった。だが当初は学会から事実上無視され、受け入れられなかった。
一般的にこの逸話は、彼女のアイデアが何十年も時代を先取りしていたため、他の科学者がついていけなかった、という文脈で理解される。だが当時の彼女の説明が、他の誰をも納得させるだけの明白さを持ち合わせていなかった、というのが実際のところであろう。細胞を顕微鏡で観察するという古典的な研究方法から、どうして彼女が遺伝子の作用や動きまで正確に理解できたのか、他の人にはなかなかわからなかった。というのもバーバラには徹底的な合理主義者としての顔の他に、直観を重視する神秘主義者のような顔も併せ持っていたのだ。彼女は観察で得られた情報を論理的に統合し、そこに直観のような洞察を加えていた。
「新しい概念は一人の人物の夢という秘密の工房のなかで生まれるが、科学理論の体系の一部となるためには、社会に認められなければならない。科学的な知識というものは、複雑かつ微妙な、個人の創造性と社会による是認との相互作用から生まれる」。バーバラの伝記に記された言葉は、科学的な真実とはなにかという問題や、科学と社会の関わりについて考えるうえで、じつに大きな示唆を与えてくれる。
古代ギリシャのデルフォイの神託は、1000年以上にわたり人々の信仰を集め続け、戦争の行方を左右させるなど、大きな影響力を持っていた。科学的な分析によるとこの信託は、地下から湧き出すエチレンガスの影響でトランス状態になった巫女が、口にしたうわごととされている。しかしそれが社会合意を形成するための装置として機能していたのも確かである。
「神託」を持たない現代の民主主義国家において、合意を形成するための装置のひとつとなっているのが科学だ。だが新しい医薬品が安全かどうか、遺伝子組み換え食品を認めるのか、再生医療をどこまで人間に適用すべきかといった問題に対して、科学は本当に適切な社会合意をもたらすような「神託」を常に与え得るだろうか。
社会が科学に求めているもっとも重要なことのひとつは、
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