ドン・キホーテのハワイ法人の社長として入社した当日、吉田直樹(よしだ なおき)は大いに戸惑っていた。ドンキという会社があまりに変わっていたからだ。
そもそも入社の経緯からして変わっていた。
コンサルティング会社を経営していた吉田は、仕事の関係でドンキの安田会長とも面識があった。安田会長は、会うたびに「吉田さんもコンサルなんかやってないで、実業をやったらいいよ。ドンキはいいよ、面白いよぉ」と、吉田の職業を思いっきりディスってくる。
そんなある日、安田会長から電話がかかってきて、突然「ハワイの(現地法人の)社長になって欲しい」と言われた。仕入れも店舗の経験もないからと断ったが、次の日もまた次の日も電話がかかってくる。吉田はつい入社を承諾してしまった。
そうして迎えた入社日。手続きやオリエンテーションはなく、「この部屋、使ってください」と言われただけだった。仕事の概要さえ知らないまま、ハワイ法人の社長に就任したのだ。
吉田がドンキに入って驚かされたことは数えきれないが、その中の一つが「権限委譲」の文化だった。
実際、本書の共著者である森谷健史(もりたに たけし)は、新卒2カ月半で仕入れ4000万円の自由を手に入れた。まだレジ打ちさえできない新人が、だ。
こんなエピソードもある。あるとき、森谷が吉田の元にやってきた。森谷が携えていたのは有名俳優を起用したテレビCMの稟議書で、そこには数億単位の金額が記されていた。吉田が「こんなにお金を使って大丈夫なの?」「そもそも、CM効果ってこの場合、どうやって数値化するの?」などと突っ込みを入れると、森谷は平然とこう言い放った。
「吉田さん、別に決裁を取りに来たんじゃないんですよ。情報を共有しに来ただけです」
あらためて稟議書を見ると、確かに吉田の決裁を必要としないギリギリの金額になっていた。うまいことやったよね、森谷――。
ドンキはこうしたエピソードに事欠かない、変わった会社である。
さかのぼること2009年、ドンキは自社初となるプライベートブランド(PB)を立ち上げた。その名も「情熱価格」だ。5日間で3万本を完売した「690円ジーンズ」を皮切りに、5万円台の4Kテレビや1万円台のノートPCなどでヒットを続けていた。2016年には「情熱価格」に加えて「情熱価格+PLUS」と「情熱価格PREMIUM」が生まれた。
2019年に社長に就任した吉田は、この路線に不安を抱いていた。お客さまにしてみれば、「情熱価格」はまだしも、「情熱価格PREMIUM」はイメージが湧かないのではないかと思ったからだ。
ところが、社長就任早々に実施したブランド認知度調査では、さらに悪い結果が出た。そもそも「情熱価格」を知っていると答えた消費者がわずか26%しかいなかったのだ。一方、競合であるコンビニチェーンや総合スーパーのPBはその3倍以上の認知度があった。
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