ナイトタイムエコノミーとは、「アフターファイブ」と称される夕刻から翌朝までの経済活動の総称である。たとえば夜の遊興活動の場を提供するレストラン、居酒屋、バーなどの飲食サービス、音楽やパフォーマンスを提供するライブハウス、ダンスクラブ、劇場などがこれに含まれる。
また夜間に開講する英会話教室や、資格取得予備校などの教育関連事業者、タクシーや深夜バス事業者も、ナイトタイムエコノミーの事業者といえるだろう。さらに広義には、商業施設や宿泊施設の運営事業者、不動産ディベロッパーもここに含まれる。つまりナイトタイムエコノミーは、都市政策にも大きく影響を及ぼすものなのである。
ナイトタイムエコノミーの振興において、最も重要な観点が消費機会の拡大である。
主に娯楽性などを求めて行なわれる消費は、たとえ「消費意欲」と「予算」があったとしても、「消費機会」がなければ発生しない。ナイトタイムエコノミーの振興は、夜の時間帯に「消費機会」を増やし、国および地域の経済活性化につなげようとする試みだといえる。
その経済効果を示す好例がハロウィンだ。チョコレートを贈るだけのバレンタインと異なり、ハロウィンでは仮装をして街に繰り出し、パーティなどでさまざまな消費を行なう。その結果、日本におけるハロウィンの市場規模は、バレンタインの市場規模を上回ったと推計されるほどになった。
1990年代、イギリスでは「ドーナツ化現象」と称される中心市街地の衰退が生じた。これに対応するため、イギリス政府は中心市街地の活性化指針を策定。各主要都市にタウンセンターマネジメント団体を組成した。
これらの団体が行なっている事業のひとつが、ナイトタイムエコノミーの振興事業である。「街歩きの楽しさ」と「飲酒を前提とした夜の商業」により、郊外型のショッピングセンターに対抗するという発想だ。
英国タウンセンターマネジメント協会は、「安全・安心して夜の街を楽しめる地域」の証として、「パープルフラッグ」と呼ばれる認定制度を設けた。この認定は、犯罪および反社会行為の抑制、アルコールにまつわる問題の抑止策、店舗数やその多様性、交通アクセスなどの基準で判断され、夜遊びの場所選びに関する「品質保証」として機能している。
イギリスのナイトタイムエコノミー産業は、その規模を大きく成長させている。
2015年、ナイトタイム産業協会は、イギリスの経済規模が9兆5700億円に達するという調査結果を発表した。なかでも最大の規模を誇るのがロンドンである。広義のナイトタイムエコノミーに従事する者を含めると、雇用者数は126万人にも及ぶと推計され、この経済規模や雇用者数は今後、さらに拡大すると予測されている。
また2016年、ロンドン市は副市長を議長として、「ナイトタイム委員会」を組成した。この委員会には、劇場やナイトクラブ、酒販業者など民間事業者の代表と、警察、公共交通、公衆衛生などを担当する市政担当者が参画している。経済的・社会的影響に関する調査を行ない、ロンドンのナイトタイムエコノミー振興に関する提言をするのがその役割だ。
ロンドンでは「ナイトタイム委員会」の設置と同時期に、「ナイト・ツァー」(夜の皇帝)と呼ばれる役職を新設した。これは他国の都市だと、「ナイト・メイヤー」(夜の市長)と称されることが多い。ナイトタイムエコノミー振興を推進する「広告塔」の役割や、現場責任者として産業界や自治体などと連携する「調整役」の役割が、ナイト・メイヤーには求められている。
ナイトタイムエコノミー振興の陰には、深夜の騒音、ゴミ放置、反社会的組織の関与、酩酊者が引き起こすトラブル――こういった負の側面が常に伴う。それゆえナイトタイムエコノミー振興が、かならずしも市民から歓迎されるとは限らない。加えてナイトタイムエコノミーに従事する事業者自身も、行政の関与を望まないケースが目立つ。ナイト・メイヤーはこうした困難な状況のなか、ナイトタイムエコノミー振興の「顔役」として理解を促し、政策実現のために環境を整備するべく働いている。
2014年にアムステルダムではじめて採用されたナイト・メイヤー職は現在、パリ、チューリッヒ、トゥールーズ、サンフランシスコなどでも設置されるようになった。
日本でナイト・メイヤー職を設置する自治体はまだない。しかし渋谷区では、観光協会の中に「ナイト・アンバサダー」(夜の観光大使)という役職が設置され、初代大使にはヒップホップアーティストのZeebra氏が選ばれている。
2015年、日本を訪問する外国人観光客数ははじめて2000万人を突破し、いまもなお増加傾向にある。
安倍政権ではこうした観光市場の拡大を背景として、「稼ぐ観光」という政策を打ち出した。日本は長い歴史と美しい自然に恵まれ、世界でもまれに見る豊富な観光資源をもつ国である。しかし文化財や自然観光「だけ」ではお金を落としてもらえないのも事実だ。
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