GMを世界最大級の製造業企業へと成長させたアルフレッド・スローン。彼によると、製品や市場の予測をもとに事業部ごとの目標を立て、目標を達成できるかどうかを昇進判断の基準にすればいいという。これは20世紀の総括マネジメントの基礎となり、現在も広く使われている。しかし、こうした従来型のマネジメントは、不確実性への対処を苦手とする。
そこで出番となるのが、不確実性を前提に、アントレプレナーシップをマネジメントの原則の1つとしてとらえる、21世紀の起業マネジメントである。両者をうまく組み合わせることで、継続的なイノベーションへの新たな活力が生まれる。これは、著者が提唱した「リーン・スタートアップ」を、スタートアップだけでなく、伝統的な大企業に導入するための方法論だ。その名も「スタートアップ・ウェイ」である。
スタートアップ・ウェイを支える5原則を紹介しよう。1つ目は、継続的イノベーションである。長期の成長に必要なのは、組織のさまざまな人材と創造性を活用し、新たなブレークスルーを見つける方法だ。
2つ目は、スタートアップを仕事の原子単位とするということだ。継続的イノベーションをくり返すには、実験のできるチームが必要となる。
3つ目は、欠けている機能、アントレプレナーシップである。多くの組織では、マーケティングや財務などと同じく成功に欠かせない機能、アントレプレナーシップが欠けている。これを補い、新たなやり方で社内スタートアップを管理しなければならない。
4つ目は、再創業だ。創業からの歴史の長さを問わず、組織の構造をここまで大きく変えるのは、会社を創業し直すに等しい。
5つ目は、継続的変容である。新たな課題に直面するたび、組織のDNAを書き換える組織的能力を磨かなければならない。
スタートアップ・ウェイはどのような業界、規模、セクターにも応用可能である。起業家的な文化を維持しながら成長することで、何度も革新を続け、永続的な繁栄を手にできるのだ。
あなたの企業は次のような状態になっていないだろうか。指示命令の経営管理によって、安定した成長を期待され、四半期決算などにより、短期的なパフォーマンスを高めろという圧力にさらされている。また、失敗をチャンスととらえるといいながらも、報酬や昇進、評価方法から発されるメッセージは全く異なっている。プロジェクトには的確さを求め、費用と時間のかかる巨大プロジェクトを推進しがちだ。財源は給付型で、毎年ほぼ同額である。これらはいずれも、古くさい企業の特徴だ。
これに対し、スタートアップ・ウェイを実践している先進企業では、社員一人ひとりがアントレプレナーとして考え、行動する。重視するのは、継続的イノベーションによって社会に衝撃を与え続け、長期的な成果を手にすることだ。そして、適切な方向転換や有益な情報入手につながる生産的な失敗に報いる。さらには、数多くの小さな実験でポートフォリオを組み、当たりに集中投資することで失敗のコストを減らす。財源は計量型で、成功確率の高さを証明できれば資金が増える。
本書の第一部では、先進的な企業として、未来への長期ビジョンを体現するのに必要なアントレプレナー的構造を明らかにしていく。
著者は、企業のCEOに会ったとき、次の2項目の責任者が誰なのかをよく尋ねるという。1つ目は、大きく成長し、将来、社内に新部門を設置する可能性があるような構想を統括する仕事。2つ目は、実験や反復を重視するアントレプレナーの意識をもって、組織が日常業務を行えるようにする仕事だ。
この2項目が職責として組織図に登場することはまずない。しかし、今後はアントレプレナーの意識を組織に吹き込み、その手法を広げていく専任の責任者を置くべきだ。アントレプレナーシップが独立した部門として扱われ、ハイリスク・ハイリターンのプロジェクトに安定して賭け続ける仕組みを、組織の隅々にまで広げることが求められる。
ではアントレプレナーシップ部門の職務は何か。まずは「社内スタートアップの監督」である。経営層は、社内スタートアップを率いるリーダーに対し、立場に見合ったキャリアパスを用意しなければならない。成功に欠かせない能力開発基準や、成長を加速する強烈な手法を学ぶチャンスも必要となる。
また、「成功という問題の管理」も、アントレプレナーシップ部門の職務である。スタートアップの実験が成功した場合、それを組織内のどこに組み込むのか、新部門を立ち上げるのか、その決定権は誰がもつのか。こうしたことを、親組織との摩擦が起きないような形で決め、総括マネジメントと起業マネジメントの両方を駆使するのだ。
アントレプレナーシップは新製品開発のためだけのものではない。それは、エンジニアリングやマーケティング、財務など、他の機能がより効率的になるよう支援し、背中を押してくれる。
スタートアップの急成長を支える信念とは何か。まず挙げるべきは「すべてはチーム」という信念だ。シリコンバレーの投資家が投資判断を行う際、アイデアや戦略の優位性よりも、チームの良否を重視することが多い。なぜならアイデアや戦略は後でいくらでも変化するからだ。「検証による学び(実際のデータに基づく知見)」を活かした実行力のあるチームならば、計画が変更しても成功確率は高いといえる。
もう1つの信念は、「小さなチームが大きなチームに勝つ」というものだ。「大きく考え、小さく始め、すばやく成長する」。これこそがスタートアップムーブメントを下支えする真実だといえる。
スタートアップを駆動するのはミッションやビジョンである。心がふるえるようなビジョンがあるからこそ、メンバーの意識の統一ができ、権限委譲がスムーズにできる。また、ビジョンがなければ方向転換(ピボット)ができない。ピボットとは、ビジョンを変えることなく戦略を変えることを指す。難しい選択に迫られたときこそ、ビジョンのどの部分が譲れないのかが明らかになり、心強い道しるべとなってくれる。
これまで述べたようなアントレプレナー的な働き方を組織に組み込むにはどうすればいいのか。第二部では、数々の実例とともに、変革のロードマップが示される。
変革は次の3つのフェーズからなる。フェーズ1は実験、適応、解釈によって基礎を築き、「クリティカルマス」を達成するまでの時期である。スタートアップ・ウェイを自社の文化に合うよう解釈し、自社全体に拡大しようと経営幹部に思ってもらえる状態をめざす。
次は、多方面からの抵抗を乗り越え、スケールアップと展開を進めるフェーズ2へと移行する。この段階では、革新を担当しない幹部全員にも新しいやり方を学習、理解してもらい、指導者の育成、自社専用のプレーブックの準備、財務や責任の新たな仕組みを構築する。この段階で、次のフェーズを乗り越えるための政治力を確保しなければならない。
その後は、組織の根幹をなす深層の仕組みに斬り込んでいくフェーズ3が待っている。この段階を経なければ、旧弊なやり方に人々が引き戻され、組織変革が頓挫してしまう。めざすべきは、報酬・昇進の制度、財務、資源の割り当て、法務といった難しい問題に対処し、変革を継続できる組織的能力を醸成することである。
本要約では、変革の序章となるフェーズ1を成功に導くために共通して必要なパターンをとりあげる。
・小さく始める:少数のプロジェクトで始め、徐々に数を増やしてケースや成果を蓄積する。これは、新しいやり方が自分たちの組織に効果的だと示すのに役立つ。
・機能横断的な専任チームの構築:さまざまな部門の協力で生まれるエネルギーを共有するべく、必要な機能をできるだけ多く集めたい。他の機能や部門から参加するメンバーには、各専門分野で力を発揮するだけでなく、スタートアップ・ウェイを仲間に広めていく「熱心な大使」という役割も期待できる。
・ゴールデンソード:経営幹部に上空援護や予算の確保といった要求を行う。これにより、官僚主義を一掃し、幹部を味方にできる。名づけて「ゴールデンソード(黄金剣)」だ。
・優れた実験のデザイン:顧客の反応を知るために実験で必要なのは、「明快で反証可能な仮説」「明快な次の一手」「厳重なリスク抑制策」「測定項目が少なくとも1つの要となる仮説につながっていること」である。
・成功を測る新たな方法の構築:プロジェクトが成功かどうかを判断する際には、検証による学びが測定できるような先行指標を使う。たとえば、サイクルタイムだ。サイクルタイムが短縮され、市場に製品を提供して顧客から学ぶタイミングが早まれば、最終的に利益も増える。そのほか、顧客の満足度やエンゲージメント、リピート率なども、将来的な成功の予測に役立つ先行指標だ。
・例外として進める:他部門との調整で難題にぶつかったとき、後見人となる幹部の出番となる。変化をもたらすチェンジエージェントの後見人、そして各チームを援護する後見人がいれば、変革の途中での障害を排除できる。
・新しいやり方を組織全体が理解できる形に落とし込む:フェーズ1では自分たちに合うプロセス(社員が日々の仕事で使うツールや戦術のこと)を作成すべきだ。ポイントは、各部門にとって意味のある表現で語ることである。たとえばGEは、新しいやり方を支持する文化を醸成するために、自分たちのプロセスを観察し、その本質を組織全体に根づかせるために工夫を重ねた。
それが結実したのが、新しい働き方「ファストワークス」や、変革のための新たなパラダイム「GEビリーフス」である。
創業者やスタートアップ・ウェイを推進するリーダーが情熱を傾けることで、組織内にアントレプレナーシップを醸成する原動力が生まれる。勇気さえあれば、どの組織もこのスイッチを入れられるのだ。
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