日本では1970年代後半から約30年にわたり、「一億総中流」が常識と考えられていた。この根拠となっていたのは、総理府(当時)による「国民生活に関する世論調査」である。自分の生活程度を6段階から選ぶもので、1975年には90.7%の人が「中の上」「中の中」「中の下」のいずれかを選んでいる。
だがこの結果が示すのは、自分の生活を中程度だと「思っている」人の割合であって、実際の生活程度ではない。1970年代の人々の階層帰属意識と実際の収入や社会的地位の間には、大きなズレがあったことが近年の研究で明らかになっている。「一億総中流」は虚実だったのだ。
いま人々の階層帰属意識は大きく変わってきている。職業や学歴、収入といった現実の階層的位置を示す要因が、階層帰属意識と対応するようになった。つまり豊かな人々は自分の豊かさを、貧しい人々はその貧しさを自覚し、格差の存在を認識するようになったのである。
収入や生活程度、意識などによって、人々はいくつかの階級に分けられる――こうした考えを社会学では「階級論」と呼ぶ。階級の区別方法として、昔からよく使われているのが、資本家階級、新中間階級、労働者階級、旧中間階級を区別する4階級分類だ。
資本家階級とは5人以上の従業員を雇う経営者や役員のことであり、新中間階級は被雇用者のうち管理職や専門職を指している。それ以外で非正規を含めた被雇用者が労働者階級に当たる。旧中間階級とは、従業員規模が5人未満の経営者・役員・自営業者、家族従業者のことである。
この階級区分をもとにすると、戦後日本の社会の「かたち」が、ダイナミックかつ急激に変化してきたことがわかる。資本主義が未発達だった1950年には、有業者の6割近くを旧中間階級が占め、その多くは農民層であった。だがその後、経済復興・高度成長とともに農民層は激減し、1960年代に入ると旧中間階級と労働者階級の割合が逆転。1995年にかけて資本家階級も急増した。
階級ごとの格差に目を向けると、大きな問題となっているのが労働者階級内部での格差拡大である。労働者階級の貧困率は、1975年まで低下した後、1985年から上昇に転じた。これは日本全体の格差縮小・拡大のトレンドと一致している。だが2015年にふたたび貧困率が低下している点に注目したい。この背景にあるのが、正規労働者と非正規労働者の分裂という大きな構造変化である。
両者の経済状態を2005年と2015年で比較すると、全体的には収入減が続くなか、正規労働者の個人年収は、男性で19.3万円、女性で15.3万円増加している。世帯年収も同じ傾向だ。対照的に非正規労働者は、女性の個人年収がわずかに上昇しているものの、ほかは大きく低下している。
2015年の正規労働者の貧困率は、男女ともに6%台だ。だが非正規労働者の貧困率は、男性で28.6%、女性にいたっては48.5%ときわめて高い。同じ労働者階級とはいえ、正規と非正規の間には大きな差がある。
このことから非正規労働者は、従来の労働者階級よりもひとつ下の階級を構成しはじめているといえる。階級以下の存在という意味で、「アンダークラス」と呼ぶのがふさわしいだろう。
アンダークラスの登場によって、現代日本の階級構造は大きく転換しつつある。「新しい階級社会」を迎えたのだ。
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