少し寂れた駅前の道を、地味なスーツ姿の若者たちが無言で歩いている。堅実な会社員風の見た目だが、眼光は鋭い。
オフィスビルに入った彼らは、エレベーターで3階に上る。彼らのうちひとりがボタンを押すのだが、ふつうのやり方でなく、握り拳の中指第二関節でコツンと叩くようにする。
シンプルなつくりの事務所に全員がそろうと、職場の代表者らしき、30代くらいに見える男が大声を張り上げて挨拶をした。彼の名は毒川という。まもなく、持ち物検査が始まった。ほとんどの者は現金と携帯1本しか持っていない。「違反者」がいないことを確認したのち、彼らは全員で始業前の「御法度九カ条」の唱和をした。
じつはこの事務所は、「特殊詐欺犯罪」の中で最もスタンダードな「オレオレ詐欺」の箱(店舗兼事務所)である。詐欺の現場は、「警察の摘発を受けない」ために徹底的に統制されている。プレイヤーは横のつながりを持つことを禁じられ、髪色やその長さ、腕時計のグレードまで細かいドレスコードで定められている。エレベーターでの「コツン」は指紋を残さないようにするためだ。身元の特定につながるような物は事務所に持ち込んではいけない。さらに、内偵捜査に結びつきやすい酒や薬などは避ける習慣をつけるべく、「御法度九カ条」として唱和する。
このような管理術は、一流の詐欺組織では「テンプレート化」している。オレオレ詐欺の被害が激増したのは2003年だが、その後ほんの3~4年の段階で、こうしたテンプレートはできあがっていたという。
詐欺組織の進化とともに、現場店舗にターゲット情報を提供する名簿屋も急激に進歩を遂げた。詐欺の世界に参入してきたのは、悪質訪問販売業者などの既存購買者(被害者)を名簿化して犯罪を支援してきた業者だ。一度「やられ名簿」と呼ばれる被害者名簿に載ってしまえば、連日のように高額商品や先物取り引きのお勧めが押しかける。
最初はこの「やられ名簿」が詐欺組織でも使われていたが、さらに「騙しやすく」「金を持った高齢者だけ」になるよう磨きをかけた名簿が出回るようになった。名簿屋が、名簿に記載された高齢者に対して直接連絡を取り、情報を付加した名簿だ。
「騙り調査」という手段がある。公的機関名を「騙り」、安全確認や社会的な調査のためにと言って高齢者に電話をかけるのだ。「不安はありませんか」という体で、現金の持ち合わせや独居かどうか、判断力の低下や認知症のリスクを感じることはあるか、などを聞く。駄目押しに、別れて暮らす子供や親族などの詳細な情報を聞いておけば、詐欺で電話をかけたときのシナリオのリアリティを増すことになる。
情報強化された名簿があれば、プレイヤーの言うところでは「詐欺と疑われていても金は取れる」。ある種の被害者は、子供や親族への詐欺組織による報復を恐れ、詐欺とわかっていても金を差し出してしまうのだ。熟練のプレイヤーは、ターゲットが暴力への不安に屈服する相手だと判断した場合、
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