グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム。現在は、これらITプラットフォーマー4社が独占的地位に君臨する「GAFAの時代」といわれている。
GAFAは「グローバル資本主義」を象徴する。東西冷戦が終結して以降、ヒト・モノ・カネのグローバルな一体化が進行した。グローバル資本主義のもとでは、「スケーラブル(拡張可能)であること」が経営効率の高いアプローチの前提とされてきた。GAFAもICTをベースに、共通のビジネスモデルをグローバルに水平展開し、規模を拡大させてきた。
同時に、GAFAは「ICT革新」の象徴でもある。現在、人々はiPhone、Androidベースのスマートフォンを使い、Googleで情報や地図の検索をする。Facebookで友人と近況を報告し合い、Amazonで商品を購入する。GAFAの提供するITプラットフォームは、「バーチャル社会インフラ」となった。
しかし、そんなGAFAにも、衰えにつながりかねない兆候が見え始めた。象徴的なのは、2018年5月にEUが施行したGDPR(EU一般データ保護規則)である。個人情報保護の強化を目的に、EU域外への個人データの持ち出しが禁止された。GDPRの導入は、GAFAのようなグローバル企業の情報活用に待ったをかけることとなった。
今後グローバルビジネスは、地域それぞれに固有の「フラグメント化する世界」に対応した経営が求められるだろう。フラグメント化とは、日本語で「細分化」「断片化」を意味する。
フラグメント化する世界を促すドライバーの1つは、「グローバル資本主義の限界」である。ではフラグメント化する世界への移行を後押しする、2つ目のドライバーは何か。それは、「ICTをベースとした自律分散型の技術革新」である。
具体的には、「分散型の情報処理を実現するICTプラットフォーム」を前提とした、「再生可能エネルギーによる自律分散型エネルギーシステム」だ。これまで政府や国営企業が担ってきたエネルギーや公共交通などのインフラを、ユーザーが自律分散的に担うようになる。
とりわけ産業構造の変化に対する影響が大きいのが、エネルギーインフラの自律分散化である。従来は、石油と電力会社が中央集権的にエネルギーを供給してきた。しかし近年、風力や太陽光などの再生可能エネルギーの発電コストが、化石燃料ベースの発電コストを下回り始めた。再生可能エネルギーは、分散型の発電にも適しており、コミュニティー単位で地産地消的に発電できる。このように、フラグメント化する世界を支える、コミュニティー単位での分散型エネルギーインフラが整備されている。
同時にICTインフラでも、IoT、エッジコンピューティング、ブロックチェーン、AIといった、次世代ICT群による分散化が起きている。
IoTにおいては、クラウドまで情報を上げることなく末端に近いところ(エッジ)で情報を処理し、フィードバックをかけるようなエッジコンピューティングが進化を遂げている。さらには、ブロックチェーン技術が中央集権的な信用保証機能を不要とする。個人間での情報のやり取りにおいて、自律分散的に信用保証機能を活用できるのだ。
またAIにおいても、ディープラーニングによって自律分散型での活用が進んでいる。
フラグメント化する世界で重要な役割を果たすのが、第4の経済主体、「コミュニティー」である。
コミュニティーの成立要件は次の3つだ。1つ目は「自律分散型の社会インフラ」。このインフラが整備されることで、地域内でエネルギーの需給が自律的に調整される。また、モビリティー分野では、利用者の所有する車と公共交通手段が協調して、地域内における最適な交通を実現する。
2つ目の成立要件は、「公私混合型の価値配分メカニズム」。つまり、個人を含めたあらゆるステークホルダーの間で富を循環させていく、新たな価値配分のメカニズムである。たとえばエネルギー供給を地域内で賄う場合、コミュニティー共用(公用)の発電・蓄電インフラと、私用(家庭用)の自家発電・蓄電池設備を組み合わせて、コミュニティー全体で最適なエネルギー調整を図る。
3つ目の成立要件は、「個々人が自律協調する統治メカニズム」だ。個々人の行動とコミュニティー全体とを協調させるメカニズムである。このメカニズムがあれば、地域でエネルギーを共同で賄う、あるいは個人の車を組み込んだ最適な交通網を構築するといった意思決定が可能になる。
このようにして、コミュニティーという分散化した単位が社会の調和を担う、社会調和メカニズムが生まれつつある。これがフラグメント化する世界の実像といえる。
フラグメント化する世界への移行により、既存の産業はどのような形でインパクトを受けるのか。グローバル資本主義パラダイムにおいて成功を収めた日本の自動車産業にとっては、リスクとチャンスの両面がある。
自動車産業では、「CASE」(コネクティッド化・自動運転化・シェアリング化・電動化)と呼ばれる技術革新が進む。これは百年に一度の変化といわれるほどだ。
中でも社会・産業構造へのインパクトが大きいのが、E(電動化)である。エネルギー産業の構造を大きく転換させる可能性がある。またミクロで見れば、家庭やコミュニティー内で発電された再生可能エネルギーの電力を使用するという、エネルギーの地産地消を強力に後押しする要素となる。
次にインパクトが大きいのが、自動車のインフラ化をもたらすS(シェアリング化)だ。これからは、個人で所有されていた自動車が、コミュニティー内で社会インフラとして活用されることが増えるだろう。しかし、各地域によってこれがどの程度実現するかが異なるため、状況に合わせたソリューションが必要となる。ゆえに、自動車メーカーがこのソリューション提供を事業機会とするには、グローバル資本主義ビジネスでの勝ちパターンであったスケーラビリティーの追求を見直さなければならない。
また、A(自動運転化)とC(コネクテッド化)は、フラグメント化する世界への移行を実現するための、技術的な支え手になるだろう。
今後は、コミュニティーにおいて、EVとシェアリングサービスがいっそう普及するだろう。EVには2つのボトルネックがある。1つは、製造時や発電時のCO2排出による環境負荷だ。2つ目はガソリンや軽油の内燃機関車に対して航続距離が短いという点である。
しかし、これらの課題はコミュニティーそのものによって解消される可能性が高い。1つ目の環境負荷に関しては、新たなコミュニティー内で、再生可能エネルギーによる発電、地産地消による供給システムができあがれば解決する。また2つ目の航続距離に関しては、人々の生活がコミュニティー単位で完結すれば、解決するだろう。
ライドシェアリングやカーシェアリングなどは、コミュニティー内において公共交通サービスの一部として普及することが予測できる。日本の地方では公共交通網が脆弱で、自家用車がないと生活ができない。よって、ライドシェアリングのように、低コストで導入できるサービスが求められるだろう。
一方、新興国では事情が異なる。都市部では交通渋滞がひどい。そのため四輪車のライドシェアリングよりも、二輪車ベースのライドシェアリングや相乗り型のカープーリングのほうが、ニーズがある。
このように、シェアリングサービスのニーズは国、地域によって様々だ。そのため導入においては、地域ごとに、「公私混合型の価値配分メカニズム」や「個々人が自律協調する統治メカニズム」の設計が求められる。
CASEのトレンドが進めば、パワートレーンが電動化され、1台当たりの収益水準は落ちると推定される。新たな収益源として期待されているのが、シェアリングサービスだ。
もちろん、電動化によって収益悪化を埋め合わせるのは容易ではない。しかしながら、コミュニティー形成に不可欠な社会インフラになれれば、ハードウエアの製造を軸とした自動車メーカーとして、安定した収益水準を確保できるだろう。これまで述べてきたような、自動車産業が直面する「フラグメント化する世界への移行」は、他の産業でも進行すると考えられる。
フラグメント化する世界では、イノベーションのメカニズムが変化する。従来のイノベーション手法として、新技術が価値の源泉となる「技術起点のイノベーション」がある。ブラウン管に対する液晶ディスプレー、蛍光灯に対するLEDなどだ。技術開発にフロンティアが残っているバイオテクノロジーや脳科学においては、技術起点のイノベーションはまだまだ重要性が高い。しかし、多くの技術領域ではフロンティアがなくなりつつある。
こうした背景下で、2000年代から台頭してきたのが、顧客の個別の課題解決に取り組む「顧客起点のイノベーション」である。現在は、顧客の目の前の課題の解決に終始し、革新的な成果にまでつながっていない。また、産業構造の転換に伴い、既存の顧客が将来も顧客であり続ける可能性は低い。こうしたことから、「顧客起点のイノベーション」が今後適切なイノベーション手法にはなりにくいといえる。
では、これからの時代に最適なイノベーション手法は何か。それは、「エコシステム起点のイノベーション」である。様々な企業・組織がビジョンを共有し、パートナーとして相互に連携・拡大していくモデルだ。
たとえばJR東日本は、2017年に「モビリティ変革コンソーシアム」を設立した。交通系企業、ICT企業、ゼネコン企業、大学研究機関が参画し、「Door to Doorサービス」「スマートシティー」を見据えた、新たな交通のあり方を検討している。さらに同社は、「Mobility as a Social PlatformとしてのJR東日本」という概念を発表。分野横断的なエコシステムを形成しようとしている。このように、国内でもエコシステム型イノベーションの萌芽が、すでに見え始めているのだ。
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