脳は観察するのが難しい臓器でありながら、人の生活を成り立たせるのに欠かせない存在である。脳や神経に関する疾患は、あらゆる世代において健康的な生活を脅かす重大な要因として知られており、ビジネスの分野でも脳科学を売りにした大規模な投資やベンチャーが増えている。なお本書でいう脳科学とは、基盤となる神経科学に加え、行動科学や心理科学、認知科学といったヒトのココロの情報処理を扱う部門、工学やコンピュータサイエンスのように実社会の応用に関わる部門を含む。
脳科学への投資が進む背景には、基礎研究の発展がある。神経学分野の研究がもたらす影響度は、ほかのすべての学問領域を14%上回っていることから、他分野に比べてインパクトの大きい領域といえる。
多くの企業は消費者の購買意欲を上げるため、製品の中身や広告に多大なコストをかけている。消費者が何にどのくらいの価値を感じ、その商品を選ぶかを理解するうえで、脳科学の知識は非常に有用だ。ヒトの心や行動に関する科学的なリテラシーを身につけるために役立つ。
さまざまな脳科学の「知見」「方法論」「技術」を、実社会における研究開発や人材育成、マーケティング、人工知能の設計に応用する。このような領域を、著者は「応用脳科学」と呼んでいる。なかでも注目しているのが、直接脳に関する技術を応用した「ニューロテクノロジー」だ。
「ココロ」の問題を扱うにあたって重要となるのは、モノとココロの関係である。この2つの関わりは、古代ギリシャの時代からヒトの興味の対象であった。ココロに関する哲学がひとつの局面を迎えたのは、17世紀あたりから栄えた近代西洋哲学だ。たとえば哲学者デカルトは、ヒトのココロとモノについて考察し、モノとココロは別物だと結論づけた。
だがモノとココロを別物とする近代哲学の考え方は、脳科学の発展によって打ち破られつつある。複雑な「モノ」の世界の情報が、「ココロ」にどのような影響を与えるのかも解き明かされてきており、その知見はビジネス領域でも応用されるようになってきた。
私たちは、昨日まで興味のなかった商品を好きになったり、幼いころには苦いとしか感じなかったビールをいつの間にか好んで飲むようになったりする。
たとえばお酒を好きになる前後のニューロンレベルの神経細胞の変化については、3つほどの仮説が挙げられる。1つ目は酒を見たら手に取る命令を出すニューロンが誕生すること、2つは酒を処理するニューロンと手に取るニューロンの間でシナプスが形成されること、そして3つ目は酒を処理するニューロンと手に取るニューロンの間の信号伝達効率が上がることだ。この3つのうち、伝達効率をよくすることが、記憶の実態を説明するものとしては、最もメジャーと考えられている。
私たちが実際に消費者としてモノを選ぶ際、特に重要なのが商品の価値を見定める脳のプロセスだ。プロセスには3つの種類がある。
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