2018年、アメリカの寝具マットレスのチェーンである「Mattress Firm(マットレスファーム)」が倒産した。同社は、1986年に創業した、全米で3,300店舗を展開する業界最大手だった。Mattress Firmを倒産に追い込んだのは、創業わずか4年のD2Cブランド、Casperである。
アメリカの小売業界というのは、「鈍重で古い業界」だった。それはMattress Firmも例外ではない。テクノロジーの活用などはなから頭になく、オンラインでマットレスを購入する人間などいるはずもないと決めつけ、ぬるま湯に浸りきっていた。そうした業界でデジタルを活用し、テクノロジーと小売をかけ合わせた新たな業態を確立したのがCasperだ。
Casperは従来の小売メーカーと異なり、単にプロダクトを販売するだけでなく、雑誌やポッドキャスト番組などのメディア活用にも取り組むことで、ライフスタイルブランドとしての座を得た。業界の競争軸は、もはやマットレスの質だけではなくなったのだ。同様のパラダイムシフトが小売業界全体に広がっている。
小売のあらゆる分野で生まれた新しいプレイヤーは、自社製品を、自社独自のチャネル(ECやリアル店舗)で「直接販売」する。積極的にテクノロジーを活用する、メーカーの皮を被ったテック企業だといってもいい。この新しいプレイヤーの呼び名や表記はさまざまあるが、本書では「D2C」と表現する。
D2Cブランドと伝統的なブランドの最大の違いは、D2Cブランドの社内にはデータサイエンティストがいることだ。社員の10~20%にあたるデータサイエンティストが在籍し、創業当初から、大量のエンジニアやSNSマーケティングのプロを揃える。データ分析やSNSを通じたコミュニケーションを積極的に行い、また、それぞれの施策の結果を細かく分析していく。顧客とのコミュニケーションも、WebサイトやSNSを通じてなされる。
顧客との関係構築は、広告代理店などを介さずに、SNSを通じてダイレクトに行われる。オンラインで顧客データを取得できるので、リアル店舗ではよりパーソナライズされた接客が可能だ。「前回ご購入いただいたジャケットに合わせやすいシャツです」といったコミュニケーションを、店舗をまたいで行える。
企業の成長は非常に速く、指数関数的だ。Casperの場合、創業初年度に100億円、次年度200億円、3年目に400億円を達成した。むしろ急成長しなければ、競合に顧客の認知を奪われてしまい、競争を勝ち抜くことはできない。
D2Cブランドは、単に商品を売るだけの会社ではない。たとえばCasperは「マットレス屋」ではなく、睡眠を通じて新たなライフスタイルを実現する会社だ。Casperが発行している雑誌では、自社のプロダクトを差し置いて、ヨガやウェルネス、睡眠、健康などに関する記事が続く。
消費トレンドという大きな枠組みでD2Cを見ると、新たな側面が見えてくる。消費者の価値観が「モノ」から「コト=体験」に変化した今、なぜD2Cブランドは「モノ」を売るのだろうか。その動きは、あたかも時代に逆行しているように見える。だがD2Cブランドは、「モノからコト」から「コト付きのモノ」という新たな消費トレンドの流れを作っているのだ。
3,400冊以上の要約が楽しめる