これからの企業の命運は「データ・テクノロジー」にかかっている。これを活用できなければ確実に競争に敗れ、淘汰されていく。基本的なテクノロジーの知識がなければ、ビジネスを語ることすらできない。これはあらゆる業種の企業が向き合わなければならない未来の現実である。
データ・テクノロジーの主役は、人工知能(AI)、クラウド、5Gの3つのメガ(基幹)テクノロジーだ。
その中心にあるのが「人工知能(AI)」である。「データ」と、コンピュータのプログラムのような「アルゴリズム」をもとに判断を行い、人間の作業を代替するテクノロジーを指す。その飛躍的な進化を実現したのが「ディープラーニング(深層学習)」だ。情報の入力と出力の間に、情報を判断する層をたくさん、ディープに重ねているため、この名で呼ばれている。
たとえば犬であるか犬でないかを機械に判断させる場合、これまでは、一つのパターンを人間が入力し、それに当てはまるものだけを抽出するという、大雑把な判定しかできなかった。ディープラーニングでは、目、耳、鼻、口などについていくつかの層に分け、それぞれのパーツにおける特徴を膨大なデータを使って機械が自ら学習していく。これにより、犬であるか犬でないかの判断の精度が格段に上がっていくのである。
より高いレベルのディープラーニングを実現するためには、大量のデータが必要だ。それを蓄積するためのテクノロジーである「クラウド」が必須となる。クラウドは、インターネットを通じて必要なときに外部のサーバー機能やネットワーク機能を使えるという仕組みだ。現在では、データを保有する「記憶媒体」としてだけでなく、情報処理をする「コンピューティングパワー」としてのサービスをもクラウドが提供するようになっている。
また、クラウドがあっても、データを送る機能が不十分では有効に使えない。データを大量かつ高速に送る通信テクノロジーである「5G(フィフス・ジェネレーション)」が、2019年から始まった。5Gはそれまでとは異次元の「高速・大容量」「低遅延」「同時接続」を実現する。
膨大なデータを保存・処理するクラウド、データを大量・高速に送受信する5G、そしてデータをもとに判断を行うAI。この3つがトライアングルを組むことでデータ・テクノロジーは最大の効果を発揮する。
こうした点に着目し、この基軸となるテクノロジーの開発に注力してきたのが「FAANG+M(ファング・プラス・エム)」、すなわちフェイスブック、アマゾン、アップル、ネットフリックス、グーグル、マイクロソフトといったアメリカの企業群だ。そのあとを猛追しつつあるのが、中国の「BATH(バス)」、すなわちバイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイといった企業群である。
「自動運転」「スマートホーム」「ドローン・ロボティクス」といった次代の主力となるビジネスをリードする業界、企業群は、間違いなくこのトライアングルのなかから出てくるだろう。
また、4番目のメガテクノロジーとしてブロックチェーンも注目されつつある。これは、通貨や戸籍などについて「権威」が担っていた正統性の証明を、参加者同士で民主的に行う仕組みだ。ビットコインがその例である。
データ・テクノロジーがもたらす未知の世界の到来に備えるために、7つの大きな変化、「メガトレンド」をしっかり押さえておきたい。
大変化の1番目は、「データがすべての価値の源泉となる」ことだ。顧客の欲求をもっとも表しているのがデータにほかならない。これからの時代、ハードウェアでもソフトウェアでもなく、データに基づくサービスやリコメンデーションを提供できる企業が、グローバル社会をリードする存在になっていく。2011年1月に公表された世界経済フォーラムの報告書には次のようなフレーズが書き込まれている。
「パーソナルデータは、インターネットにおける新しい石油である――」
大変化の2番目は、「あらゆる企業がサービス業になる」ことだ。機械などのハードウェアを売って終わりではなく、そこから提供できるサービスがビジネスを差別化する。自動車等による移動の過程を円滑にする「モビリティ」をはじめ、動画等の「コンテンツ」、「ヘルスケア」など、どのような側面でのサービスになるかで、業種が分かれるようになる。自社の事業をサービス産業へと舵を切る必要がある。
大変化の3番目は、「すべてのデバイスが箱になる」ことだ。5Gが浸透し、データに関するあらゆる処理がクラウド化すると、手元にあるデバイスには単体で「処理」する機能が不要になる。つまりハードウェアは単なる「箱」でしかなくなる。今後は、よいソフトウェア作りに注力したほうが強くなれる。
大変化の4番目は「大企業の優位性が失われる」ことだ。テクノロジーの進化に拍車がかかる世界では、スピードが最優先の価値になる。変化を躊躇する企業に未来はない。大企業は、身軽で優れた能力を持つベンチャー企業をいち早く見つけて買収するか、大企業の理屈で動く必要のない、自由に何でもできる子会社をつくるしかない。グーグルなども大企業の一つになりつつあるが、かれらは自社社員の外部へのチャレンジを支援する。そのほうが変化対応に早く、強くなるからだ。
大変化の5番目は、「収益はどこから得てもOKで、業界の壁が消える」ことだ。アマゾンはeコマースを筆頭に、音楽や動画を提供するサービスから貸金業まで営んでいる。顧客をトータルに囲い込むことで、複数ある顧客とのタッチポイントのどこかでお金を稼げればいいという考えだ。こうした世界では、業界の垣根が極端に低くなってくる。これは、すべての業種がITを駆使したコングロマリット(複合企業)を志向せざるをえないということを示している。
大変化の6番目は、「職種という概念がなくなる」ことだ。テクノロジーとビジネスの両方を経験した人材には、さまざまなビジネスチャンスが見えてくる。IT分野しか知らない人には、金融に役に立つテクノロジーを金融畑の人にわかりやすく伝えることは難しい。このギャップを埋めるような人間を、伝道師を意味する「エバンジェリスト」と呼ぶ。そこまでいかなくとも、今後は、最低でも複数領域で能力を持つ「マルチタグ人間」になる努力は必要になってくる。
大変化の最後は、「経済学が変わっていく」ことだ。従来の経済学は、限られた情報のなかでモデル化してシンプルにすることで、複雑な経済現象を理解しようとしてきた。しかしこれからは、全体像に限りなく近いデータを集められるようになる。それが示すのはモデルではなく現実そのものだ。
2025年以降にも、データを中心とした新しい経済学のアプローチの誕生が予測される。実際グーグルやアマゾンでは、アカデミックの場では集められない膨大なデータに惹かれて、多数の経済学者がすでに参画している。
ここで、本書で多くの紙幅を割いており、データ・テクノロジーの根幹をなすAIについて見ておこう。
データの解析に関して今のところAIが具体的に可能なのは、「画像処理」「自然言語処理」「音声認識」の3つだ。善悪の判断はできないし、映画や音楽といったものの制作のように、クリエイティブなこともできないと言われている。ただ、これはコンピュータの処理能力の問題ではない。何を美しいと感じるかなど、どのようなものに脳が刺激を受けるかを解析するアルゴリズムがまだ見つかっていないのだ。
しかし、著者は「新しいブレイクスルー」は必ず起こると確信している。現在は、単純な要素から解を導き出すだけでなく、「こうかもしれない」という仮説をつくる能力をコンピュータに埋め込む技術も可能になってきている。
とはいえ、さらなる進化はディープラーニングの手法そのものを変えていかないと実現できない。現状では、どのような手法がスタンダードになるかは未知数だが、その技術はグーグルから出てくる可能性が高い。少なくとも、ディープラーニングを可能にしたクラウドコンピューティングの大半を保有しているのはFAANG+Mなので、それ以外から新しいアルゴリズムが生まれることは相対的に少ない。
優れたAIは、データの量と良質なアルゴリズムとの掛け算で生まれる。その意味では、13億人もの人口を抱え、倫理的に問題となるプライバシー情報も一手に集められる中国から、新たなAIが生まれる可能性もある。この観点からすれば、東京圏のデータ量は世界でも最高水準であり、ここに日本のAIビジネスが再生するチャンスも存在している。
アカデミアやエンジニア、ジャーナリストが行うテクノロジーの未来予測には決定的に欠けている視点がある。それは著者のような投資のプロが行う、「どのように投資し、儲けるか」という視点だ。
テクノロジーの進化には、これまでにない画期的なものであるということだけではなく、「ユーザーに受け入れられて広まるのか」という点も極めて重要だ。テクノロジーが爆発的に普及するパターンを紹介しておこう。
1つはiPhoneだ。小額の投資で小さく開発を始めた製品が、多くのユーザーに歓迎されて一気に広がった。液晶、カメラなどの広範な部品メーカーも儲かり、それぞれが利益を投資に振り向けることで、さらにテクノロジーの質が高まった。
アマゾンのクラウドサービスはまた別のパターンだ。あらかじめ莫大な金額の投資が必要となるケースである。アマゾンの創業者、ジェフ・ベソスが金に糸目をつけずにサーバーをそろえ、低価格でサービスを提供することで、普及を優先させた。それによって、使いやすいという評判が評判を呼び、収益、収支のサイクルがあとから回るようになってきている。
ともあれ、どのようなデータをどのような部分に使えば成長できるか、というアイデアを持っている人の存在が重要となってくる。5Gとクラウドによって、今までは取れなかったレベルの詳細で正確なデータを、リアルタイムで蓄積できるようになるのであれば、なおさらだ。
日本でしか流行していないテクノロジーは、国際的には未来にいきるものとして評価されていない。逆に、世界標準となっているのに、日本に入ってきていないものもある。テクノロジーやマーケットについての良質な情報をつかみにいくことが大切だ。その意味で、これからのビジネスパーソンは、「プログラミング」「データ」「英語」「ファイナンス(資金調達)」に関する知識を身につけなければならない。
新しい流行り言葉(バズワード)が入ってきたとき、あるいはAI、クラウド、5G、ブロックチェーンといった本質的な概念がやってきたときに、うろたえずに「ここまではできる」「ここからはできない」という判断ができる。それが、テクノロジーに関する最重要のリテラシーである。
戦後の日本は、資源も何もないような状況で、アメリカの先進的なテクノロジーやビジネスモデルを必死で採り入れ、改善し、奇跡とも言われるほどの高度経済成長時代を築きあげた。
自動車にせよ、携帯電話にせよ、日本はゼロから何かをつくるのは得意ではない。それであるならば、貪欲に海外から学び、行動に移すという本来の強みをもう一度日本は取り戻さなくてはならない。ましてやいまは、インターネットや英語によって、どこにいても学ぶことができる素晴らしい環境が整いつつあるのだから。
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