まずは、本書冒頭に描かれるショートストーリーを紹介したい。物語の主人公は2030年の漁師だ。ぜひ想像力をフルに働かせて、2030年の世界を思い浮かべてほしい。
――自称「スマート漁師」の私は情報通信系のベンチャー企業で、スマート海洋牧場の研究開発をしている。今進めているのは、海中で魚群観察をおこない、精度の高い水産資源管理をめざすプロジェクトだ。そのなかでも私の担当は、「魚型ロボット」の研究である。魚の形や動きを模倣した「バイオミメティック」なロボットを完成させることで、海を泳ぐ自然の魚群に近づき、その生態や行動パターンを解析・把握しようという目論見だ。
今日は久しぶりに、実際に海に出て海洋実験をおこなう日である。私の住む地域は、かつては過疎であった。だが現在は、複数企業合同の研究施設ができたことをきっかけに、小規模都市へと返り咲いた。街に高層ビルはないものの、アーティスティックな現代建築や、自然に溶け込んだ環境建築がたくさん存在する。建物の外壁は日差しの強さに応じて反射率を変える「アルベド調節性」の素材が採用されている。これにより冷暖房効率が上がり、環境負荷の軽減につながっている。人々はキックボード型、立ち乗り型、自立走行車いすなど、パーソナルモビリティに乗って移動をしているし、浮遊しながら移動するドローンバイク、ドローンタクシーも走っている。
私はドローンタクシーに乗り、港に到着。海上にカモメがたくさん飛んでいると思ったら、「バイオニックバード」の群れであった。バイオニックバードは鳥型ソフトロボットで、別の研究グループがそれを使って海上・海中通信の移動型中継基地や海洋資源の調査をおこなっている。さて、それでは研究船に乗って海に出るとしよう。
いかがだろうか。これが著者の描く2030年の未来予想図である。あと10年でどこまで実現するかはわからないが、新たな技術が日々誕生し、思い描いた未来へと近づいていくことは間違いなさそうだ。
そのうえで著者が重要だと考えているのが、「どこにテクノロジーを使い、どこに人の手を残すか」という視点だ。テクノロジーと付き合う際は、このバランス感覚が重要になる。たとえば自動運転技術が普及し、運転の楽しみがなくなってしまえば、クルマ文化は衰退しかねない。
人間は自分の体を動かして、多少の汗をかいたほうが充実感を得られる生き物である。技術でなんでもかんでも代替すればいいのではなく、テクノロジーはあくまで生活を補助する役割だと心がけよう。
2020年代前半にポイントとなるテクノロジーは、「センシング」だと著者は見ている。現在でもスマートウォッチやスマートスピーカーなど、センサーをベースにしたテクノロジーが台頭しているが、今後さらに高感度・高解像度化していくと予想される。家具や家電はもちろんのこと、空間それ自体がIoT化し、センサーネットワークがありとあらゆるものを検知する。そして蓄積されたデータに基づき、最適化が絶えずおこなわれていく。
たとえば未来のベッドルームはこうだ。ベッドに装着されたセンサーにより、寝ている間の体温や心拍、体動などをモニタリングする。日々の就寝状態をベッドサイドのプロジェクターで投影すると、ベッドルームがそのままプライベート遠隔医療システムに早変わり。そのデータをもとに、主治医と話ができるようになるといった具合だ。
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