私たちはAI(人工知能)医療の時代に入ったばかりだ。そのAIがもたらす未来の医療は「ディープメディスン(深遠なる医療)」と名づけることができるであろう。それは3つのディープからなる。
第1は、個々の人間のディープな(細部にわたる)データだ。それにはDNAゲノム、タンパク質などの解剖学的特性・生理学的特性といった生物学的特性のほかに、病歴や社会歴、行動歴、家族歴のすべてが含まれるかもしれない。
第2は、AIによるディープラーニングである。
第3は、患者と臨床医の間の、心の底からのディープな共感とつながりであり、これが最も重要な構成要素である。AIによって医師の診断能力が上がった先で大事になるのは、最も高い水準の情緒知能(EQ)を持つ医師の存在なのだ。
患者と医師と機械の適正なバランスを見極めなければならない。ディープメディスンは非常に望ましいものであり、医療を空前の水準まで引き上げるものだろう。
一方、「シャロウメディスン(浅薄な医療)」とでも呼べる医療の実態がある。
アメリカでは頻発する誤診が社会的な問題になっている。不必要な検査や処置も多い。その原因は、患者と医師が心を通わせるどころか、心のつながりが途絶していることにある。
アメリカの診察時間は初診の場合で平均で12分、再診となれば7分である。しかも、医師はパソコン画面上の電子カルテとキーボードによる入力に気を取られ、患者と目を合わせる時間は限られている。
こうした医師と患者の浅いつながりは、誤診の温床となるばかりではない。個々の患者をきちんと個別に評価しない一律な検査、処置、投薬が、膨大な無駄と患者への負担を生じさせている。
医療、特に医薬品は、アメリカで医療費のかなりの増大を招いている一方で、平均余命が他国よりも短くなっている。アメリカは、あまりにもシャロウメディスンを野放しにしているのだ。医療診断のやり方を変える必要がある。
医学界は必ずしも新しいテクノロジーの採用に積極的ではなかった。これまで、デジタル化(digitizing)、民主化(democratizing)という切り口から医療と技術について考察してきたが、ディープラーニング(deep learning)はそれに続く3つ目のDである。このDは、医療行為において不可欠の人間的要素の活性化につながると考えられている。
ディープラーニングの活用が進んでいるのは、ゲーム、画像、音声認識、自動運転車といった分野であり、それらと比べれば医療分野での応用はいまのところ限定的である。
とはいえ医療におけるディープラーニングは大きな可能性を秘めており、過去数年間にその成果は急増している。たとえば、病院において臨床医のサポートを行い、医師が診断に使うパターンの認識や機械学習を積み重ねている。また、一般人が自分の健康や疾患を今までよりもうまく管理できるように指導する、バーチャルな医療アシスタントの働きも見せている。
医療における診断の不正確さなどの問題を改善するものとして期待されているが、現時点では満足のいくレベルには達していない。
AIは、放射線科医、皮膚科医のような、画像診断によるパターン認識が多くの仕事を占めている「パターン中心的医療」を担う臨床医のサポートが期待できる。人から採取した組織のスライドを調べ、病気に最終的な診断を下す役割を担う病理医についても同様だ。
AIは、いずれそうした医師たちに取って代わるのではないかという言説もあるが、当面はそのようなことはないだろう。
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