「戦後60年を経た変化の激しい東京都心部で、『歴史的建造物は残っていますか?』と問われれば、答えはYesである。」と著者はいう。近代化の中で最も成熟が進み、建築や都市計画の変化が見られる東京都心部においても、歴史を伝える建築は今も残っている。第一章では特に明治期以降、近代オフィスが立ち並ぶ東京都千代田区大手町・丸の内・有楽町地区を中心に「街が誕生し更新されていく中で歴史継承がどのように行われてきたのか」が紹介されている。
歴史的建造物とは文化財保護の分野で使われる用語であり、「築50年以上である/著名な建築家が設計した/時代を代表する形態や技術が維持されている/景観上重要な場所に存在している」などの性質をもった建造物と意味付けされている。しかし、本書では歴史的建造物の価値をより広義に捉え、「歴史継承」を、保存することだけでなく「歴史的建造物の価値を何らかの形で後世に継承すること」として定義する。
では、歴史的建造物の価値はどこにあるのか。「様々な歴史を後世に伝えている価値」はもちろんのこと、「建築史、技術史、社会史など学術的な観点から指摘される文化財としての価値」や「景観財としての価値」などが考えられる。
一方で、歴史的建造物は「安全性、機能性、経済性」といった課題を抱えており、本書ではこの3点について考察されている。
まず安全性と聞いて真っ先に思いつくのは耐震性であろう。1995年に発生した阪神・淡路大震災以降、わが国では建物の耐震性について議論が活発となっている。歴史的建造物は古い建築物であるため、一般的には国が求める耐震性を満たしていない場合が多い。また耐震性の他にも、材質の経年劣化による躯体の劣化、耐久性の減耗、またそれに伴う建築物の崩壊による落下の危険性、さらには防災性能など安全に関する課題は多い。
機能性の課題とは、その建造物が担う活用用途に対する機能性が抱える問題を指す。ITの急激な発展に伴い、現代的な建築物は多くの機能を必要としている。またバリアフリーなど利用者を考えた建築設計が必要となっているが、歴史的建造物の多くはそのままではそのニーズを満たしていない。
最後の経済性は、維持するためのランニングコストや建替えにかかる経済的なデメリットを指している。
このように、歴史的建造物の建替えは「価値の継承」と「課題の解決」の2つの相反する方向性を抱えており、このバランスと最適解を求めることが要求されている。
前項では「価値の継承」と「課題の解決」の両立が必要であると述べた。特に「価値の継承」については、その歴史的建造物が持つ背景や建築方式の知識がなければ継承するべき「価値」について曖昧となってしまうことがすぐに想像できるだろう。本項では歴史的建造物の継承を検討する際の、著者の具体的な方法について紹介する。
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