殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?

ヒトの進化からみた経済学
未読
殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?
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ヒトの進化からみた経済学
未読
殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?
出版社
みすず書房
出版日
2014年01月10日
評点
総合
3.8
明瞭性
3.5
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

タイトルにある「殺人ザル」とは、言わずもがな、私たち人類のことを指す。他のあらゆる生物とは異なり、人類だけが経済というエコシステム、つまり貨幣をベースとした見知らぬ他人との取引関係を活用することができるようになったのは一体なぜなのか。本書はその背景にあるものは「協力」であるとし、協力やそのための信頼がいかに人類に根づいたか、そしてその形がどのように変容しつつあるのか、を解説した一冊である。

「資本市場」「格差」「グローバリゼーション」といったワードが並んでいるため、王道の経済学の書籍と思いきや、進化生物学や、都市国家の成立を考える社会学からのアプローチもなされており、著者はいったいどんな研究スタイルをとればこうした本が書けるのだろうかと感心してしまう。知的好奇心をこれほどくすぐる書籍にはなかなか出会えないだろう。

「協力」が一層洗練された現代においては、見知らぬ人が連携して世界中から材料を集め、一枚のシャツを作り、売るという複雑なプロセスができあがっている。一方で、責任の所在が明らかにならないことにより、環境汚染や金融危機などの弊害も発生しがちだ。隣近所の住人よりもネットで知り合った人の方が信頼できる、というように信頼の形も以前とは変わりつつあるいまこそ、多くの人がこの大著に挑むべきであろう。

ライター画像
苅田明史

著者

ポール・シーブライト
トゥールーズ大学経済学部教授。トゥールーズ先端研究センター(Institute for Advanced Study in Toulouse)のディレクターであり、またロンドンの経済政策研究センター(Centre for Economic Policy Research)の主任研究官も務める。専門は産業組織論と競争政策、ネットワークの経済学とデジタル社会、行動経済学。

本書の要点

  • 要点
    1
    分業がもたらす利益を享受できるようになった人類は、「打算」と強い「返報性」という2つの能力によって、見知らぬ相手を信用することができるようになり、極めて高度な協調が行われるようになった。
  • 要点
    2
    協力によって生み出された様々な社会制度によって、人類は自分たちが想像もしていなかったような繁栄を手にすることができたが、一方でこうした社会制度は環境破壊や金融危機などの困難をも生み出している。
  • 要点
    3
    困難に対処するために、今後は国家間の協力や取引市場が必要だ。そのためには協力と合理的な思考という人間の持つ能力が必要となる。
  • 要点
    4
    これらの能力は進化の歴史の中で見ればごく最近のものであり、完成されたものとは言えず、あらゆる手を尽くして支えていかなくてはならない。

要約

視野狭窄

責任者は誰?
stocksnapper/iStock/Thinkstock

人間は、同じ種の中で遺伝的にまったくつながりのない構成員と、入念な作業分担を行う唯一の動物である。分業は、言語に匹敵するほど驚くべきヒトの特徴と言える。ほとんどの人間はいまや、日々の生活に必要なものの大半を他人から得ている。

たとえば、自分がシャツを買う予定など誰にも伝えていなくても、世界中から原料が集められ、いくつかの製造工程を経て、手元に届けられる。驚くべきことに、シャツを作るには克服すべき問題が多々存在し、その過程には多くの人が関わり、誰かが全体的な調整を行っているわけではないのに、世界中に何千ものスタイルのシャツが供給されているのだ。

本書はこのような「責任者なしの協力」を可能にしている人間の能力、そしてその利点と危険性について論じている。「責任者なしの協力」を可能としているのは「視野狭窄」だ。視野狭窄とは、現代社会の繁栄を創造するという巨大で複雑な事業の中で、全体的な成果を知らない、あるいは気にする必要がないまま、それぞれの役割を果たす能力のことを指す。

視野狭窄は狩猟採集民であった私たちの先祖にはなじみのない技能であり、新石器時代の農耕民族から現在までの1万年前後で発達してきたものだ。まずは、どのようにこの視野狭窄が進化してきたのかを考察していこう。

【必読ポイント!】 なぜ人は協力できるのか?

分業が機能する仕組み

人類が多数で生活することによるメリットは3つある。1つはリスクを分担できること、もう1つは専業化が可能になったこと、3つ目は知識を蓄積できることである。

リスク分担のメリットは明らかだ。自然界や社会のリスクはみんなに同時にふりかかるわけではないので、大数によってこれを分担できる。チンパンジーがおおよそ60匹の集団で暮らすのに比べて、人類は徐々に集団の数を増やし、約450万年前に現れたアウストラロピテクスは80人程度、ネアンデルタール人は約140人の集団で暮らしていた。

血縁関係のない人が協力し、専業化が始まったのは人類がまだ狩猟採集社会を営んでいたときからだ。専業化のメリットについては現代のシャツ作りの過程においても見てとれる。シャツを最初から最後まで全てを一人で作ることは不可能ではない。しかし、綿を育て、糸を紡いで布を織るだけでなく、様々な工程で使用するすべての道具を作ることまで、実に広範囲の仕事を成し遂げなければならず、現実的とは言い難いだろう。ある仕事をするには自然の優位性があったり、技能習得が必要だったりするため、専業化が有効となるのである。

集団が大きくなるにつれ、専業化はますます進み、人類が農業を始めて定住するようになると、軍隊や司祭職が発達した。司祭職は読み書きの能力によって、先行する世代がもっていた技能の一部を現世代に伝え、利用できるようにした。

殺人ザルから名誉ある友人へ

こうして分業をうまく機能させた人類はますます繁栄を促進していくのだが、人々が互いに信頼しあう社会の方が大きな利益を享受できると示すだけでは、見知らぬ相手を信頼することが合理的な行動であると判断するには不十分だ。

そもそも、類人猿も初期人類もすさまじい殺人傾向を持つ生物だった。人は互いに対してきわめて暴力的に行動するため、正気の人間が生来の気質だけで他人を信用することなどありえない。人が他人を信用するのは、そのような信頼判断が理にかなうような社会生活の仕組みを作り上げてきたからである。

そのためには2つの能力が必要だ。

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要約公開日 2014.11.07
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