ウイルスとは何者なのだろうか。ウイルスは生命体ではないと主張する人もいる。ダーウィン進化学者は、種間で遺伝子を水平移動させる「仲介者」でしかないという。ニューヨーク州立大学の分子遺伝学・微生物学部で教鞭を執る、ポリオウイルスを人工合成したことで知られるウィンマー教授は、ウイルスは生物でないと暗に主張するかのように、ウイルスの化学式を発表した。
しかし、例えば、天然痘やインフルエンザのウイルスを人間に注射したとしたら、ウイルスは人間という自然宿主のなかで活発に活動し、ウイルスと人間の間に恐ろしい相互作用が起きる。宿主の外にいるとき、ウイルスは確かに単なる化学物質のようだが、本来の生存環境である自然宿主の中にいるときは、他の生物と同じように、宿主の中で誕生し、子孫を残し、死ぬ。つまり私たちと同じライフスタイルを持っている「生き物」なのだ。
「共生」というと、ある生物が別の生物の「掃除屋」をするサメとエビのような関係や、有用な化学物質を共有する植物と菌類のような「代謝共生」があげられるが、もう一つ、遺伝子レベルでの驚くべき共生関係も知られている。
例えば、エリシア・クロロティカというウミウシと藻類の共生だ。ウミウシは、成長段階に藻類を食べ、植物が光合成するために使う葉緑体を体内に取り込む。葉緑体で体を満たしたウミウシの口はなくなり、死ぬまで光合成のみによってエネルギーを得ることができるようになるという。一方、藻類の葉緑体は、自らを維持するためのタンパク質が必要になる。本来、遺伝情報をもっている細胞核から切り離されてしまった葉緑体は、このままでは機能できないはずだ。しかし、実は、あるウイルスによって、藻類の細胞核からウミウシの細胞核に、重要な遺伝子が受け渡されており、そのために葉緑体は機能できるということが現在ではわかっている。ウイルスが遺伝子操作に関与し、2つの生物の共生の仲立ちとして共に生き続けているのである。この種の「共生」はまさに驚くべきもので、「天然の遺伝子工学」ともいえる。
著者は、ウイルスを生物とみなすことで、ウイルスと宿主との関係も、一種の「共生」と呼べるのではないかと考える。さらに、両者の関係によって遺伝子レベルで突然変異が起きることでも進化が起こるのではないか、厄介者であるウイルスは人の進化に影響を与えてきたのではないかという考えを持つに至った。
2001年2月、史上初めてヒトゲノムの基本的な構造が突き止められた。これは21世紀の歴史に刻まれる偉大な業績であるが、その割に一般の人たちの注目度があまり高くなく、何がわかったのか正しく理解されていない節がある。
ヒトゲノムの構造には、不思議な部分が非常に多い。まず驚くのは、その規模の小ささで、ヒトの遺伝子数は、約2万という少なさなのである。そして、最も不思議なのは、
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