メタバースの哲学

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メタバースの哲学
出版社
出版日
2024年09月24日
評点
総合
3.7
明瞭性
4.0
革新性
3.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

「転生モノ」の作品が流行り、「もう一つの現実」を飛び回るキャラクターに心躍らせる。MMO(多人数同時参加型オンライン)のゲームで、「もう一人の私」を生きる。バーチャルな環境でなくてもいい。小説作品に没頭して、「もう一つの現実」を追体験する。週末に、「普段」の自分を知らない人ばかりのボランティアに参加して、「もう一人の私」になる。多かれ少なかれ、誰もが“異なるいま”を過ごしたことがあるはずだ。

それらははたして、「物理空間の不条理さに対する救済」なのだろうか。それとも「逃避」なのだろうか。そもそも、私たち人間は、一貫した“この私”だけで生きていくことができるのだろうか。

本書の著者、戸谷洋志さんは、現代社会にあるさまざまなカルチャーを素材に、いまを悩む人びとへと寄り添いつづけている気鋭の哲学者だ。今回は、先進技術であるメタバースを哲学する。

メタバースは、「空間的な没入性」によって人びとに新しい世界を提供する。ほかの仮想現実とは異なり、物理的な身体をも含むすべてをイメージの世界に連れていこうとしている。「転生」の夢や、MMOの操り人形では叶わなかった領域にまで踏み込めるかもしれない。人間そのもののあり方も、共同体の未来も変えてしまうかもしれない。だからこそ、どうやって、どんなふうに変えたいと欲望しているかを、いま真剣に問う必要があるのだ。

メタバースに触れる機会が少ない人にとっても、本書はけっして無関係ではない。現代を生きる私たちは、おそらく誰もが「物理空間の不条理さ」のなかに生きているのだから。

著者

戸谷洋志(とや ひろし)
1988年東京都生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。法政大学文学部哲学科卒業後、大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は哲学、倫理学。ドイツ現代思想研究を起点に、社会におけるテクノロジーをめぐる倫理のあり方を探究する傍ら、「哲学カフェ」の実践などを通じて、社会に開かれた対話の場を提案している。2015年に論文「原子力をめぐる哲学 ドイツ現代思想を中心に」で第31回暁烏敏賞を、2021年に『原子力の哲学』で第41回エネルギーフォーラム賞優秀賞を受賞。著書に、『Jポップで考える哲学 自分を問い直すための15曲』『ハンス・ヨナスの哲学』『ハンス・ヨナス 未来への責任 やがて来たる子どもたちのための倫理学』『スマートな悪 技術と暴力について』『未来倫理』『友情を哲学する 七人の哲学者たちの友情観』『SNSの哲学 リアルとオンラインのあいだ』『親ガチャの哲学』『哲学のはじまり』『恋愛の哲学』『生きることは頼ること 「自己責任」から「弱い責任」へ』など多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    メタバースへの欲望には、人間の現在地の何が反映されているのか。そしてメタバースは、他者あるいはこの世界との関わりをどう変えていくのだろうか。
  • 要点
    2
    メタバースが他の仮想空間と区別される独自性として著者が挙げているのが、空間性と没入性(空間的な没入性)だ。
  • 要点
    3
    問題は、メタバースが「もう一つの現実」であるかではなく、メタバースが「私たちの生きる物理空間と、どのように関係するのか」である。

要約

メタバースというリアリティ

人びとはなぜメタバースを欲望するか

メタバースという仮想空間で生きることが、素晴らしい夢であるかのように語られるのはなぜだろう。

政治思想家のハンナ・アーレントは、人間が宇宙開発を行う動機について、宇宙そのものに価値を求めるのではなく、「人間が地球において与えられる条件から逃れたいからである」とする。こうした「地球疎外」と同じ構造は、メタバースへの欲望にも現れている。メタバースは、「物理空間に縛りつけられている人間がようやく物理空間を脱出する」ためのものと捉えられているのではないか。「地球疎外は『物理空間疎外』へと進化した」のだ。

アーレントは宇宙開発の政治的背景を問うた。私たちは、メタバースのそれを問わなくてはならない。この場合の「政治」とは、「私たちがこの世界で他者とともに何かを始めること」を指す。

メタバースへの欲望には、人間の現在地の何が反映されているのか。そしてメタバースは、他者あるいはこの世界との関わりをどう変えていくのだろうか。

メタバースを定義してみる
travelism/gettyimages

メタバースの実践は実に多様であり、その定義は明確に決まっていない。成立条件はいくつかあるが、そのなかで、メタバースが他の仮想空間と区別される独自性として著者が挙げているのが、空間性と没入性(空間的な没入性)だ。メタバースのインフルエンサー・バーチャル美少女ねむの定義によると空間性とは「3次元の空間の広がりのある世界」であり、没入性はAR/VRなどの没入手段によって「まるで実際にその世界にいるかのような没入感のある充実した体験ができる世界」を指す。

ヘッドマウント・ディスプレイの原型となる「ダモクレスの剣」を1968年に開発した計算機科学者のアイバン・サザランドは、「究極のディスプレイ」は「部屋」型のディスプレイであると語った。その条件は、①物理空間とは異なる領域であること、②ユーザーと映像がインタラクションすること、③ユーザーにとって没入感があることであり、これはメタバースにも当てはまるだろう。

メタバースに固有の空間的な没入性はそのまま、「私たちにとっての体験のリアリティ」となっている。ではそのリアリティとは何なのだろうか。

「現実」との区別

「もう一つの現実」はあるのか
XH4D/gettyimages

はたしてメタバースは「もう一つの現実」なのだろうか。この問いは、「メタバースを物理空間から区別することができ、かつ、物理空間が現実であること」を前提としたうえで、「メタバースが物理空間と同じように現実だと認められるか」を考えるものだ。

私たちは夢と現実を区別できているように見える。しかし、夢が完全に構造化されていて、その構造化に多様な可能性がありえるとしたらどうだろう。私たちはそうした夢を、覚醒時とは異なる現実、すなわち「もう一つの現実」として認めるのではないだろうか。現代オーストラリアの哲学者、デイヴィッド・チャーマーズは、「完全没入型」のVRデバイスによる体験が構造化された夢に限りなく近いことを指摘する。

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要約公開日 2024.11.09
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