2024年、著者は上智大学で開催された「学習物理学討論会」に参加していた。「学習物理学」というのは著者の造語で、機械学習と物理学を融合する新しい学術分野であり、AI(人工知能)と物理学を融合する試みだともいえる。これがめっぽう面白く、国からも学術変革領域研究と認められて予算がつき、著者が領域代表を務めている。科学にも社会にも、新しい時代が同時に来たのだ。それはすごく、面白い。
日本物理学会の年次大会には、全国から数千人の物理学者が集まり、各分野の講演を聞くスタイルで開催されている。6年前の学会で、ある講演会場から他の講演会場へと走っていたとき、同じタイミングで同じ経路を走っている、知らない物理学者が何人もいることに気がついた。そのときの著者は、機械学習を物理学に適用したという主旨の講演ばかりをめぐっていた。そこで、同じように会場を走っている人にこう話しかけた。「機械学習の講演を聴きに走っているんですよね?」
その夜、走った仲間が飲み屋に集結した。こうして「学習物理学」のコア若手メンバーになる人たちと知り合ったのである。皆、AIが物理学に革新をもたらす可能性を感じつつも、情報がなくて困っていた。そこで、コミュニティを作って情報交換をすることになったのが、新学問の誕生のきっかけだ。
著者にとっての学習物理学の始まりは、AIを学びたくなって企画した研究会だった。甘利俊一先生などを招いて、詳しくAIの動作機構を学んでいたとき、ある講演者が見せたオートエンコーダと呼ばれる機械学習モデルの図が、著者の研究するブラックホールの図にそっくりに見えた。脳の機能を模したニューラルネットワークによるAIが、ブラックホールにそっくりに見える。周辺の研究を調べて学んでいくと、宇宙とAIが数学で繋がるかもしれないと感じられた。
こうしたアイデアを、研究会に来ていた若手の研究者に話し、数ヵ月かけて重力理論とAIを橋渡しする論文を完成させた。重力と人間の認知が関係しているかもしれないという話は、実は著者が学生の頃にゼミの先生から聞いたことがあった。それから25年の歳月を経て、ようやくそれを世界に広げることができた。
学問というのは、作ろうと思って作れるものではない。また、一人の学者で作られるものでもない。同じ気持ちを持った研究者が集まって新しいアイデアを磨き合うところに、新しい学問が生まれるのだ。
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