本書の要点

  • 大企業の経営者が論理的に考えて下していると思われる意思決定でも、実は感情やしがらみに左右されており、非合理的な部分もある。そのことを認識しなければ、判断を誤ることがある。

  • 顧客の声を聞きながらモノやサービスを作ることは、既存の事業を改善するには有効だが、「破壊的で革新的なイノベーション」にはつながらない。

  • 地元密着の中小企業がこれからの地方再生のカギであり、内向きで地元志向の若者が増えていることはチャンスである。

1 / 6

「顧客志向」の落とし穴

顧客の声から破壊的イノベーションは生まれない

Olga Danylenko/iStock/Thinkstock

「顧客第一」、「顧客志向」。企業が業績回復を狙う際の方針として、よく使われる言葉である。一見、至極まっとうで真摯な態度であるが、その経営効果はいかほどであろうか。ビジネスにおける「顧客第一主義」の重要性を最初に提唱したのは、ピーター・ドラッカーである。彼の著書によると、世界で初めて近代的マーケティングを実行したのは、江戸時代に創業した日本の越後屋であるという。「お客様は神様」という接客精神に象徴されるように、店側は顧客の要望や注文を徹底的に聞き、顧客は店員に甘える。しかし、こうした受動的な態度を取るだけの企業は、変化していく顧客の心理を汲み取ることができない。一方、「従業員第一主義」を掲げる企業もある。従業員にとっての幸せを追求することで、従業員のパフォーマンスが上がり、顧客や企業に恩恵がもたらされるという考え方だ。企業と顧客の間に立つ従業員がうまく機能すれば、顧客の声を上手く活かして既存の商品やサービスを育てていくことができる。しかし、これが通用するのは、既存製品の改善・改良という「持続的イノベーション」だけである。「破壊的イノベーション」を生み出すときには、意味を成さないだろう。アップル社のスティーブ・ジョブズがマッキントッシュを発売する際も、顧客の声は聞かなかったという。顧客の声というのは、常に顧客の想像できる範囲内であるため、革新的な製品を生み出すときには必要ないのだ。結局のところ、顧客の声を聞きすぎることで、企業は自らの可能性を狭めてしまっているということになる。企業はもっと、「自分の心の声(直感)」を聞いたほうがよい。

2 / 6

「プライシング」の落とし穴

企業の体力を奪う「値下げ競争」

2001年から10年以上にわたって、牛丼のチェーン店がこぞって値下げ競争を繰り広げた。業界第2位だった「松屋」、第3位の「すき家」が、それぞれ牛丼の値段を100円以上値下げした。その後、業界第1位だった「吉野家」がこの値下げ競争に参戦したことにより、競争は長期化し、牛丼の慢性的な低価格化の一途をたどることになった。「吉野家」は価格を下げずに牛丼のブランドを守ることもできたのに、なぜこうした決断を下したのか? 当時の「吉野家」はBSE問題のさなか、米国産牛肉にこだわり牛丼の販売を停止していたこともあり、企業体力を大きく削られてしまっていた。安部社長は、過去の倒産という失敗経験に基づいて意思決定をする「パターン認識」と、敬愛した先代の価値観への絶対的信奉によって、経営判断のミスを犯したといえる。業界トップを走っていたにも関わらずフォロワー企業に合わせて値下げをし、一方で肉の品質にはこだわり続けるという矛盾した戦略となってしまった。

「価値」と「価格」のつりあい

Danilin Vasily/iStock/Thinkstock

当時はデフレの影響で、牛丼に限らず各業界において値下げ競争は激しくなり、長期化し、それが常態化していた。

もっと見る
この続きを見るには...
残り2753/3976文字

4,000冊以上の要約が楽しめる

要約公開日 2015.10.01
Copyright © 2025 Flier Inc. All rights reserved.

一緒に読まれている要約

道端の経営学
道端の経営学
マイケル・マッツェオポール・オイヤースコット・シェーファー江口泰子(訳)楠木建(監訳)
なぜ気づいたらドトールを選んでしまうのか?
なぜ気づいたらドトールを選んでしまうのか?
上阪徹
なぜ、メルセデス・ベンツは選ばれるのか?
なぜ、メルセデス・ベンツは選ばれるのか?
上野金太郎
世界一の馬をつくる
世界一の馬をつくる
前田幸治
モデレーター 聞き出す技術
モデレーター 聞き出す技術
早尾恭子
会社を元気にする51の「仕組み」
会社を元気にする51の「仕組み」
新免玲子
競争しない競争戦略
競争しない競争戦略
山田英夫
人口蒸発「5000万人国家」日本の衝撃
人口蒸発「5000万人国家」日本の衝撃
一般財団法人日本再建イニシアティブ

同じカテゴリーの要約

新版 エスキモーに氷を売る
新版 エスキモーに氷を売る
ジョン・スポールストラ佐々木寛子(訳)
【新】100円のコーラを1000円で売る方法
【新】100円のコーラを1000円で売る方法
永井孝尚
小澤隆生 起業の地図
小澤隆生 起業の地図
北康利
15秒!集客革命
15秒!集客革命
仲野直紀
経営者のための正しい多角化論
経営者のための正しい多角化論
松岡真宏
ユニクロ
ユニクロ
杉本貴司
心理的安全性のつくりかた
心理的安全性のつくりかた
石井遼介
地頭力を鍛える
地頭力を鍛える
細谷功
起業の天才!
起業の天才!
大西康之
実践版 孫子の兵法
実践版 孫子の兵法
鈴木博毅