年々、日本の平均気温が上がっているのを感じます。今年は5月にもかかわらず、場所によっては40度近くまで気温が上がった地域もありました。「体を動かす気にはなかなかなれない……」とお嘆きの方も少なくないと想像します。 そんなときは涼しい室内で、じっくり本に向き合ってみてはいかがでしょう。ちょうど梅雨も始まります。体は動かせなくても、頭は動くもの。2019年6月の編集部イチオシをお届けいたします。
未来を変えるのは、いつだってテクノロジーです。
いま私たちはスマホに囲まれた生活をしています。スマホが登場して以降、世界は大きく様変わりしました。インターネットはますます身近なものとなり、SNSなどを通じていくつもの「現実」を生きるのが普通になってきています。
しかしVR(仮想現実)がもたらすインパクトは、ひょっとするとそれ以上かもしれません。10年後にはスマホはもう使われなくなり、VRがメインストリームになると予想する人さえいるほどです。
本書が示すのは、VRの現在地と未来予想図です。どのページを読んでも知的興奮が呼び起こされること間違いなしですが、とりわけ興味深かったのは、VRが「つながり」や「親密さ」といった人間性を取り戻すと予想している点。仮想現実の世界というと、どうしても『マトリクス』や『マイノリティ・レポート』で描かれるようなディストピアを連想してしまいますが、ポジティブに世界を変えてくれる可能性も充分ありそうです。
2028年には軽量のメガネ型VR機器が登場すると言われています。果たしてSF小説や映画のような世界が現実化するのか、あるいはその想像力すら飛び越えていくのか。未来にますますワクワクしてくる一冊でした。
すごい小説です。読むとどんどん怒りがわき、それが推進力となって、どんどんページをめくらずにはいられません。
物語は、33歳、ワンオペ育児中のキム・ジヨン氏が奇妙な症状を発症するところから始まります。そして、精神科でカウンセリングを受けることになったキム・ジヨン氏の来し方が淡々と記述されます。
そこには、女性が味わう、ささやかな理不尽の典型があふれています。
たとえば、就職において、学科推薦枠に男子ばかり推薦する学科長が「女があんまり賢いと会社でも持て余すんだよ」と言い放つエピソード。晴れて働きだしたところ、若い女性ということで、年配の男性クライアントの接待の相手をさせられるというくだり。妊娠して通勤電車に乗れば、こんな腹になるまで働かなきゃならないならなんで子どもなんて産むのか、と車中の人に言われるできごと。
ささやかな理不尽が積み重なると、雨垂れが石をうがつように、ひとりの人の心を壊してしまうこともあるのではないか。女性たちの行き場のない想いが、キム・ジヨン氏の精神のひび割れに入りこんでしまったのではないか。読んでそんなふうに感じました。
本作は女性に支持されているのはもちろんのこと、男性の問題意識もおおいに刺激し、大反響を呼んでいます。お見逃しなく!
「もう少し自分の頭で考えてみなさい」。
社会人になって2年くらいが経った頃、会議で意見をいったり企画の提案をしたりしたときに、上司からやんわりと(時にダイレクトに)こう諭されてきた。「考える力を身につけるには、まずはロジカルシンキングだろうか?」と、慌てて思考法をテーマにした本にあたった。「〇〇思考」「〇〇シンキング」と冠した本が書棚に増えていったが、実践にはほど遠い……。考えているつもりが、単に悩んでいるだけということも多い。
そんなとき疑問が浮かんだ。そもそも「考える」とは何なんだろうか? 「思考法難民」だった私の疑問に、時を経てこたえてくれたのが、『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』である。タイトルだけだと、「楽して生きるための本?」にも見えたが、数ページ読むと、それはあくまで読者の目を引くためのフレーズだと気づかされた。本書は、「考えることとは何か?」という核心に迫り、考える力を鍛える方法から2020年以降の未来図まで一挙紹介してくれる、じつに濃密な一冊なのである。
ではいったい何をもって、「本当に考えた」といえるのか? 著者である事業家・思想家の山口揚平さんは、「代替案を出すこと」「具体案を出すこと」「全体像を明らかにすること」「本質を見抜くこと」の4つができたときだとこたえている。
なかでもハッとさせられたのが、1つ目の「代替案を出すこと」。本書では、面白法人カヤックCEO柳澤大輔さんの「代替案があるから悩まない」という言葉が紹介されている。「プランB、プランCがある人は安心して暮らせる」という意味合いだそうだ。たしかに、複数の選択肢をもっている人は、1つの案に執着しなくて済む。ある打ち手がうまくいかなくても、どんどん次の手を打てる。だからいつも心に余裕をもてて、幸せでいられる。「考える」ことにこんな効用があるのかと、前向きな気持ちにさせられた。
最初は時間がかかってもいいから、「考える」力を育てて、「おだやかに暮らす」状態に近づいていきたい――。そんな願いを胸に、本書を何度も読み返し、「思考トレーニング」を積んでいこうと心に決めた。
テクノロジーの進化によって、私たちの生活が日に日に便利に、そして豊かになりつつあるのは、疑いのない事実でしょう。
ですが私は時として、情報の海に放り出されてしまったような感覚に陥ることがあります。どこを見渡しても情報、情報、情報。ニュースアプリからは常にポップアップで「速報」が届き、チャットやSNSでひっきりなしにやり取りすることが「普通」の毎日なのですから。
本書は、そんな時代にぴったりの一冊です。著者である吉田将英さんは、社会人になったころ、情報収集に追われ、消化不良になってしまっていたといいます。ですが「アンテナ力」を身に付けて以降、仕事がうまく回り出すようになったことを実感したそう。現在は、6つの肩書を持って活躍されています。
本書では、吉田さんが実践する、「アンテナ力」を高めるための小さな習慣が紹介されています。例を挙げると「『マイ賢者』を持つ」「『脳の砂場』で思考を遊ばす」「『相手との記念日』に連絡を取る」などなど。
どれもちょっとしたことです。でも、ちょっとした行動で毎日を変えられるということを知っているだけでも、少し気持ちがラクになるのではないでしょうか? こんな習慣をうまく使って、生活を、頭の中をもっとなめらかにしていければいいなと思います。
本書の舞台である徳武産業は「ケアシューズあゆみ」という、高齢者や障害がある人のための靴を製造している会社だ。「困っているお年寄りの方の役に立ちたい」という一心で、歩けないお年寄りのために1足1足心を込めて靴を作っている。たった1足の靴がその後の人生を変えるようなエピソードもたくさん残っている。
十河孝男会長と奥さんであるヒロ子副会長の「お客様が先・利益は後」「自利ではなく利他」といった経営の考え方が、お客さんと向き合う姿、靴づくりに表れている。
あさ出版から発売されている『日本でいちばん大切にしたい会社3』という本の取材で、実は私も徳武産業へ訪れたことがある。
香川県の中心街から離れたさぬき市の田んぼの真ん中に徳武産業はあった。車で到着すると、目の前の駐車場の車の停め方が気になった。どの車もバックではなく前向き駐車になっていたのだ。
少しの違和感を覚えながら私も前向きに駐車し、車を降りると、正面玄関の脇を掃除している男性が見えた。それが十河会長だった。会長になぜ車がみな前向き駐車なのかを尋ねると、こう答えが返ってきた。
「周りは田んぼです。大切なお米に排気ガスがかからないようにそうしているんです」
これだけで私はこの会社のファンになった。
ヒロ子副会長から、年間2万通も寄せられるというユーザーからのサンキューレターを見せていただきながら、仕事の本質や意義を考えさせられた。人の役に立つこと、これが仕事の基本なのである。
徳武産業のエピソードに触れながら、ご自分の仕事についてもう一度見つめ直してもらいたい。
読書をしていると、他媒体では出ていない驚くべき事実を知ることがある。私にとって、これは大切な楽しみの1つだ。本書にはそのようなサプライズが2つある。
1つ目は、日本の起業に関するサプライズである。開業率という言葉がある。「新規開業社数÷既存の総企業数」で計算される。日本の開業率は3~6%で他の先進国の半分程度となっており、起業しにくい社会だと思われている。
しかし、日本は「既存の総企業数」が圧倒的に多い国なのである。つまり、開業率を構成する分母が他国よりずっと大きいのだ。人口1,000人当たりの年間開業数で計算しなおすと、日本は1.8社、アメリカは1.6社と数字が逆転する。統計で示しているように、実は日本の方がアメリカよりも起業が活発な社会なのである。
スタートアップ業界にいて、「日本の開業率は他先進国の半分程度」「もっと起業を活発にすべき」と言われ続けていたから、この事実は衝撃的だった。一方で、母国市場の大きさの違いという背景もあり、アメリカ・中国の起業と比べて日本の起業はスケールが小さいケースが多い。つまり、課題の本質は起業家の数ではなく、起業家が想定する市場の大きさの方にある。
もう1つのサプライズは、本書のメインテーマとなっている。「選択と集中」という長く日本で語られてきたキャッチフレーズは、国をまたいだ際の誤訳だということだ。ジャック・ウェルチが進めた「ナンバーワン、ナンバーツー戦略」と日本企業が行ってきた「選択と集中」は似て非なるものなのだ。ウェルチは確かに70の事業から撤退したが、実は1,000もの新規事業を興した。
バブル崩壊後、経済が長く停滞する中で、経営者の思考も縮こまってしまったのかもしれない。もう一度多角化を伴う積極的な投資に向かう勇気を、本書は多くの経営者に与えてくれるだろう。