世界有数の大企業が、何十億ドルという大金をVR(ヴァーチャル・リアリティ)に投資している。なぜならVRは旅行やエンタメなど、ありとあらゆる産業を成長させる可能性を秘めているからだ。2014年にフェイスブックが、20億ドル以上でオキュラスを買収したのはその象徴的出来事といえるだろう。また2016年末には、5種類ものVRシステムが登場した。VRはより身近な存在になってきている。
だがそもそもVRとは何か。本書ではVRを(1)人工的な環境で、(2)充分なリアリティを持った、(3)本当にその世界にいると感じられるものと定義する。それぞれ詳しく解説していく。
(1)人工的な環境には、写真、ゲーム、映画、さらには自分が座っている部屋の記録映像も含まれる。自分の肉体がある場所以外のどこかという点で共通する。
(2)VRはリアリティを感じさせるため、2つの錯覚を利用している。1つは世界に奥行きがあること。右目と左目にわずかに異なる映像を見せることで、脳は奥行きがあると錯覚する。もう1つは現実と同じように、好きな場所を見渡せること。VR内の玄関口で下を向くと、現実と同じように足元のじゅうたんが見えるし、横を向くと壁やポスターがある。自分が世界の中心になるのだ。
(3)VR映像を観ていると、それがVR世界だと理性で認識していても脳はだまされる。この人間の認識をだます現象を、本書では“プレゼンス(実体感)”と呼ぶ。国際プレゼンス研究社会の説明によると、「人間は自分がテクノロジーを利用していることをしっかり指摘できるが、あるレベルでは、もしくはある程度までは、人間の知覚はその情報を見過ごし、まるでテクノロジーを介した体験ではないように認識することがある」という。
たとえば自宅の居間でVRヘッドセットをつけたとしよう。VR内では超高層ビルの屋上の淵に立っており、何百メートルも下に地上がある状態だ。「さあ、一歩を踏み出してみてください」と言われて、あなたはその一歩を踏み出せるだろうか。もちろんそれがVR世界であることはわかっている。足を踏み出してもじゅうたんに足がつくだけだ。しかしそれでも心臓がどきどきして手に汗がにじみ、一歩を踏み出すのは難しいはずである。なぜなら脳は超高層ビルの高さ、地上までの落差を実際に知覚しているからだ。
2015年に米国ユタ州で開催されたサンダンス映画祭において、オキュラスが制作したVRの短編アニメ『ヘンリー』が発表された。風船を愛するハリネズミのヘンリーを主人公にした12分のコメディだ。ヘンリーが普通の映画と異なるのは、観客もそのアニメの世界の住人となる点である。なかでも重要なのが、ヘンリーと観客の目が会うこと、つまりアイコンタクトがあることだ。まるでヘンリーは観客の存在に気づいているかのように振る舞うのである。
1992年にミシガン州立大学のメディア情報学科教授であるキャリー・ヒーターは、「本当にVR世界のなかにいる」という感覚には3つの側面があると考えた。
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