ソニーCSL(ソニーコンピュータサイエンス研究所)のミッションは単純明快だ。「人類の未来のための研究」を行うこと、この一点に集約される。世のため、人のためになっているのか。これが研究に対する唯一の評価基準である。
研究分野は特に限定していないが、大きく次の3つの領域に括ることができる。
1つめはグローバル・アジェンダ。地球規模の大きな問題に関して、どうアプローチするかという視点である。
2つめはHA(ヒューマンオーグメンテーション)、すなわち人間の能力の拡張である。クリエイティビティや感覚能力、身体能力の向上に、どうテクノロジーが活用できるかを研究する。
3つめはサイバネティック・インテリジェンスだ。AI(人工知能)やデータ解析によって、現実世界のシステムやプロセスの最適化を目指す。
人類の1万年以上にわたる農業の歴史において、生物多様性と生産性は常にトレードオフの関係にあった。文明が大規模な発展を遂げるたび、周囲の自然環境が破壊され、最終的にはその文明自体も滅びるということを繰り返してきた。
舩橋真俊(ふなばしまさとし)氏が研究する「協生農法」は、これまで幾多の文明が為しえなかった、「食料生産と生物多様性の両立」の達成を地球規模で目指すものである。多くの種類の野菜や果樹などを1つの土地で生育させることで、強い生態系をつくりあげ、耕起や施肥・農薬を無用とする。従来の農業の常識とはかけ離れた方法でありながら、すでに生産性の向上や生物多様性の回復、砂漠の緑化といった結果を出している。
舩橋氏の研究の原点には、幼少の頃に培われた「生命」に対する強烈な直観がある。飼っていた蝉を、誤って逃がしてしまったときのことだ。追いかける目線の先には、籠から解かれて自由になった蝉が、力いっぱいに夕陽の中を飛んでいく姿があった。それがあまりにも美しく、舩橋氏はただ立ち尽くしながら見ていたという。
大学では生物学から数理科学系の修士を経て、物理学に転身するという越境を繰り返した。フランス政府給費留学生として仕上げた博士論文は、まったく異なる分野の研究を同時並行で進め、最終的に一段抽象化したレベルで「複雑系における創発現象の類型論」という形でまとめた。
地球上で多段階にわたって生命現象が発展し、絶えることなく続いてきたのはなぜか。その本質的メカニズムは、ブラックボックスのままである。そうであれば、ブラックボックスをそのまま生きている状態の基本単位として認めて、そのうえで創発する現象の一般論を探ろうと考え、論文にはできるだけ多様なスケールの複雑系を入れた。こうしたアプローチが、のちに協生農法の基盤となる「生態系の拡張」という概念につながったのである。
子どもの頃に親しんだSFやアニメの世界に導かれてこの道に入った、という研究者は多い。暦本純一(れきもとじゅんいち)氏の場合は、サイボーグ009である。暦本氏が取り組む人間の能力を拡張するHA(ヒューマンオーグメンテーション・人間拡張)と、サイボーグ009で描かれるような、特殊能力を持つサイボーグに人間を改造することは、強い関連を持っているという。
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