「できないときに、やってはいけないというのは簡単だった」。ゲノム編集の人への応用と倫理を議論する国際会議で述べられたこの一言は、まさに現状を言い当てている。「中国の研究者がゲノム編集した受精卵から双子の女の子の赤ちゃんを誕生させたと主張している」という特ダネが2018年に報道されると、「重大な倫理違反」として世界中から批判を集めた。
これまでも遺伝子組換え技術はあった。だがいまは以前と比べてもずっと簡単に、細胞の中の遺伝子を狙い通りに操作して、受精卵に意味のある改変を加えられるようになった。これにより「人間の改変」や「人間の選別」だけでなく、親が望み通りの子どもをもうける「デザイナーベビー」の誕生につながるのではないかと指摘されている。
世界ではじめて「遺伝子組換え」を行なったのは、スタンフォード大学の生化学者ポール・バーグだ。バーグは動物ウイルスと大腸菌のウイルスという別種のDNA同士を結合させ、試験管内で人工の雑種DNAをつくった実験により、1980年にノーベル化学賞を受賞した。
「ハサミ」の役割を持った酵素でさまざまなDNAを切り取り、「のり」の役割を持ったDNAリガーゼで連結して大腸菌に戻せば、複製したいDNAを増やしたり、DNAに応じたたんぱく質を大量生産したりできる。ある生物のDNAを別の生物に導入すれば細胞の性質を変えられる。これが遺伝子組換え技術である。この技術は幅広く応用され、病気の遺伝子の解明、人間の全遺伝情報を解読するヒトゲノム計画、遺伝子組み換え農作物の作成など、生命科学の研究だけでなく、医療や産業に欠かせないものとなった。
だがこの技術によって、バイオハザードが生じる危険性も懸念された。たとえば発がんウイルスのDNAを組み込んだ大腸菌や、抗生物質に抵抗性を示す病原体が生み出されたとしたら? 科学者たちは自発的に国際会議を開催し、実験の際に「物理的封じ込め」と「生物学的封じ込め」という2つの方法で安全対策を取るという提案に合意した。
元祖遺伝子組み換え技術の誕生から40年以上経った頃、遺伝子組換えを一新する「ゲノム編集」という技術が登場した。フランス人のエマニュエル・シャルパンティエとアメリカ人のジェニファー・ダウドナという2人の女性科学者が、生物の設計図ともいえるゲノムを自在に編集できるツール「クリスパー・キャス9」(以下、クリスパー)を開発したのだ。「狙ったDNA配列を効率よく、正確に、切り貼りできる」「使うのが簡単」「安い」という点で、従来の組み換え技術を一新するものとして、クリスパーは瞬く間に世界中の研究室に広がった。
クリスパーの仕組みはこうだ。まずハサミを備えた小さな分子マシンである「クリスパー」が、標的とするDNAの配列を検索して見つけ出し、二重鎖をばっさりと切断する。すると切断されたDNAは自然に修復しようとするので、切れたDNAを元通りに修復させないことで遺伝子の働きを失わせる「遺伝子ノックアウト(以下、ノックアウト)」か、別のところからDNAを代わりに持ってきて挿入する「遺伝子ノックイン(以下、ノックイン)」のいずれかを用いる。「ノックアウト」すれば、切断された箇所のDNAがどのような働きをしているのかを調べられるし、遺伝子の変異を品種改良に利用することもできる。一方で 「ノックイン」 では、新しい遺伝子を入れたり、遺伝子変異を修復したりできる。
従来の技術と比べて優れた点が多いクリスパーにも、
3,400冊以上の要約が楽しめる