アリババが2003年に開始したC2C(消費者間取引)サイト、それが「タオバオ」だ。タオバオが登場するまで、中国ではインターネットを介した取引がほとんどなかった。地理的に離れた赤の他人同士の取引には、「信用」という障害があったためである。買い手は商品を受け取るまで支払いするのをいやがったし、売り手も先に商品を発送するのをためらった。そこでタオバオは、売り手と買い手の間に立って、買い手からの代金を一時保管し、商品が発送されたらそれを売り手に支払う「保証取引」というしくみを生み出した。
このサービスこそ、現在9億人を超える利用者を抱えるアリペイのサービス第一号である。だがその船出は決して順調ではなかった。銀行とのやりとりをすべて手書きの書類でやっていたことに加え、ユーザーや銀行の不注意で、必要な情報が消えてしまうこともあった。そうなるともうお金と取引を結びつけることはできない。そのときはタオバオのトップページ、つまりいちばん広告費の高い枠に「迷金(まいご)のお知らせ」を掲載し、送金主を探すほかなかった。
それでも「保証取引」は、タオバオのサービスとして急速に発展した。アリババ・グループの総帥であるジャック・マーは、このサービスをあらゆる商取引で使えるように、独立した法人とすることを決意した。
アリペイの法人が設立され、ユーザーがお金の授受をする際に用いる「バーチャル口座」のシステムが開発されたのは2004年の12月29日だ。そのためこの日はアリペイの独立記念日と呼ばれている。ジャック・マーは2005年初頭、ダボス会議で「今年は中国の電子決済元年になる」と予言し、後にその正しさは証明された。
アリペイは中国銀行と協力することにより、外貨で表示されている商品を人民元で購入できるようにした。これは国外のネットショップにとって、アリペイと提携すれば中国の消費者とオンライン取引ができるようになったことを意味した。
アリペイはスタートしてから5年で、中国の第三者決済(事業者が金融機関と提携して行う決済)市場シェアの半分を確保した。ライバルといえるのはシェア25%を持つテンセント傘下のテンペイだけだった。加盟店も順調に増え続けていた。
だがそれは「見た目には美しい」だけだった。劣悪なUX(ユーザー・エクスペリエンス)のせいで、決済の成功率が悪すぎたのだ。商品を注文しようとした消費者のおよそ半分しか支払いまでたどり着かなかった。つまりネットショップは、残り半分の消費者をみすみす取り逃がしていたことになる。
「KPIで問題は見当たらない。だが、自分の心に聞いてみてほしい。2009年は満足いくものだったかどうか」。ジャック・マーはアリペイの幹部が涙を流すまで難詰し、CEOをはじめとした幹部人事も刷新した。
新たなCEOはリーダークラス以上を集めた「ラクダ大会」を開き、4日間にわたって議論し、酒を交わし続けた。本音を語りあった結果、アリペイの評価基準は決済の規模や収入ではなく、その成功率とアクティブユーザー数に置かれることとなった。
ラクダ大会での激論と奮闘の末に開発されたのが「スピード決済」だ。
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