日本企業が成功した最大の要因は、「組織的知識創造」の技能・技術を持っていたことだ。組織的知識創造とは、組織に属する人々が創りだした知識を、組織全体で製品やサービス、あるいは業務システムというかたちで具現化することである。こうした特徴をもっていたからこそ、日本企業はたえまなくイノベーションを生みだすことができたのだ。
とはいえ、このような見方は、「日本企業は模倣や応用には強いが、あまり創造的ではない」という従来の考えかたに反しているかもしれない。たしかに、日本企業が現在、戦後最長最悪の不況にさらされているのは事実である。だが、この不況を切り抜けることができれば、日本企業はこれまで以上に強くなるだろう。というのも、日本企業はこれまでも多くの危機に直面してきたが、そのたびに過去の成功体験を乗りこえ、新しいビジネス・チャンスを求めて未知の領域に挑戦してきたからである。
西洋人が、組織的知識創造という発想にいたらないのは、彼らが組織を「情報処理の機械」としてしか見ていないからだ。こうした見方は、ありとあらゆる西洋的経営の伝統に深く根ざしている。彼らにとって、知識は明白なものでなければならず、形式的・体系的なものでなければならない。そうした知識を「形式知」と呼ぶ。
一方、日本企業はそれとはまったく異なった知識観を持っている。言葉や数字で表される知識はしょせん氷山の一角であり、深層部分には表現しがたい暗黙的なものがあると考えているのだ。そのような知識を「暗黙知」と呼ぶ。
この「形式知」と「暗黙知」の区別にこそ、西洋と日本の「知」の方法論の違いを理解する鍵がある。西洋のマネジャーは形式知ばかり注目しているが、彼らにとっても暗黙知の重要性を認識することはきわめて大切だ。なぜならそれはまったく違った組織観をもたらすからである。暗黙知を重視する企業は、組織をたんなる情報処理の機械ではなく、ひとつの有機的生命体としてとらえる。そうした組織観においては、主観的な洞察、直観、勘、理想、価値、情念、イメージ、シンボルなどが重要な意味をもつことになる。
日本企業の知識創造の特徴は、つまるところ暗黙知から形式知への変換にある。日本企業は、とくに製品開発の場面において、この暗黙知から形式知への変換を得意としている。だからこそ、ここまで大きく成長したのだ。
暗黙知から形式知への変換には、次の3つの特徴がある。(1)表現しがたいものを表現するため、メタファーやアナロジーが多用される。(2)個人の知が多くの人に共有され、知識が広まっている状態である。(3)新しい知識はつねに曖昧さと冗長性のなかで生まれてくる。それぞれ順に説明していきたい。
まず、知的創造の初期段階の特徴として、メタファーやアナロジーが多用されていることがあげられる。たとえばホンダは、「クルマ進化論」、「マン・マキシマム、マシン・ミニマム」、「トールボーイ」といったコンセプトからホンダ・シティを生み出し、日本では今や普通になった「高くて短い」新世代車の先駆けとなった。メタファーを用いることで、既知のものを新しく組みあわせ、それまでは表現しにくかったものを創造したのだ。一方のアナロジーは
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