銀行が近年力を入れて窓口で販売してきたのが、貯蓄性保険商品として分類される「一時払い終身保険」だ。顧客は、保険料をまとめて一括払いし、10年など、一定期間経過後解約し、少し増えた返戻金を受け取る。これを、銀行窓口では例えば「0・5%程度の利回りの保険商品」と説明していたのだが、じつは、生命保険会社はもっと利回りよく顧客資金を運用していた。しかし、その運用利益を顧客に還元するのではなく、この例では0・5%の利回りぶんだけを顧客に返戻し、残りは銀行へ販売手数料や諸経費として払っていた。
顧客としては、国債などの、より利回りのよい金融商品を選び、加えて必要なぶんだけをカバーする安価な保険商品を選ぶ道もあったはずだ。しかし、そのような、顧客の利益を考えた提案はなされず、銀行は自分たちの利益を優先して売りたいものを売ってきた。
森金融庁長官は、この問題を重く受けとめ、法制度のあり方などを話し合う金融審議会でも貯蓄性保険商品が取り上げられることになった。森は、金融商品をどのように顧客に販売し、資産形成を促すのか、根本的に問い直すことを決めていた。
2016年10月に金融行政方針が発表された。著者は、そのひと月前に森が金融庁幹部らに配布したメモを紹介し、真意を探る。
そのメモには、金融機関の先にある「企業・経済の成長」や「国民の資産形成」を宣言した2015年度の方針は、2016年度でも「不変」だと断言されている。
森の問題意識は、メモに書かれた、「目先の利益にこだわり、顧客本位が言葉だけになっていないか?」という一文に現れている。金融機関が、真に顧客本位のサービスを提供できれば、顧客の信頼に基づく経営基盤が育まれ、結果として金融機関は環境の激変にも耐えうる健全性を備えるはずだ、というのが森の考えだ。金融機関が行っている取り組みを開示させ、パブリック・プレッシャーを機能させれば、自分本位の金融機関は顧客から選ばれなくなっていくだろう、と森は見通していた。
そして発表された金融行政方針では、現状の課題が列記され、それらへの対策として3つの方向性が示された。家計における長期・積み立て・分散投資の促進/金融機関等による顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)の確立と定着/機関投資家が投資先の企業と建設的な会話を行うよう促進、という方針である。
しかし、そもそも、金融機関を目先の収益獲得に追い立ててきたのは金融庁ではないか。かつての金融庁が金融機関に「健全性」を求め、その「健全性」が企業の成長や個人顧客の資産形成のためになっていなくても関知しなかったことが、現在の金融業界をつくってしまったのではないか。
金融庁は、じつは、このことを「当局の失敗」として、同年9月の金融モニタリング有識者会議の資料に明記した。加えて、外部の専門家に批判と議論を求める姿勢で会議に挑んだ。この姿勢からは、見過ごされてきた課題に取り組み、フィデューシャリー・デューティーを本気で金融機関に求めていくという金融庁の意志が見てとれる。
森が資産運用の改革になぜ強い意志をもっているのかは、彼が産業再生機構の立ち上げの仕事で、ニューヨーク総領事館に籍を置いていた時代にさかのぼると、見えてくる。
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