親が長身であれば子供も長身だ。このことに関して疑問を感じる人は少ない。しかし近年の研究によれば、身体的な特徴のほかにも、じつに多くのことが遺伝の影響を受けているという。たとえば、性格は遺伝することで知られている。
ただ、この「性格は遺伝する」という事実は、視点を変えるだけで受け止め方がまったく変わってしまう。「陽気な親の子どもの性格は明るい」、「陰鬱な親の子どもの性格は暗い」。どちらも性格と遺伝の関係を述べているだけだが、その印象ははっきり異なるはずだ。これは、私たちの社会に暗黙の規範が存在している証拠である。「子どもは明るく元気であるべきだ」という規範には、「暗い地味な子供には問題がある」ということが暗に含まれているのである。
私たちは、規範から外れることを「遺伝のせいにすべきではない」と思っている。なぜなら、たとえ子どもの性格が暗かったとしても、努力や親が与える環境で克復することができると信じているからだ。しかし、遺伝による影響を排除することは、どんなにがんばっても明るくなれない子どもの逃げ道を塞ぎ、心を深く傷つけることになりかねない。
暗黙の社会的規範が強く表われるもう一つの事例として、能力と遺伝の関係が挙げられる。能力も、体型や性格と同じように遺伝する。やはり音楽家の子どもは歌がうまいし、親が音痴だと子どもも歌が下手だ。とはいえ、このことに関してはさほど違和感なく受け入れられるだろう。
しかし、「大学教授の子どもは頭がいい」ということは許される一方で、「子どもの成績が悪いのは親が馬鹿だからだ」とは、表立って口にすべきではないことと考えられている。歌については個性のひとつと見なされても、将来や人格の評価につながる成績(知能)は、「努力で向上しなければならないこと」でなければならないからだ。
もし知能の良し悪しを遺伝と結びつけてしまったら、それこそ良い成績を得る努力を強制する学校教育が成り立たなくなる。したがって、「負の知能は遺伝しない」というイデオロギーが必要なのである。
ちなみに遺伝率を研究する行動遺伝学では、一般知能(IQ)の遺伝率は77%とされている。つまり、知能の7~8割は遺伝で説明がつくということだ。
体質(病気)においても遺伝することがわかっている。実際、がんや糖尿病の要因が遺伝の影響を強く受けると聞いたら、多くのひとが納得するだろう。
だが、病気には身体的な疾患のほか、「こころの病」と呼ばれる精神的な疾患もある。「精神病は遺伝する」と聞くと拒絶するひとも多いが、精神疾患が遺伝することは、これまでの研究によって何度も確認されている。
たとえば、精神病を患っているため、子どもをつくろうか迷っている夫婦がいるとしよう。夫婦がインターネット上で検索してみたところ、そこでは「精神病と遺伝の関係は証明されていない」、「精神病はたんにストレスが原因だ」という匿名の回答が書かれている。安心した夫婦は、子どもをつくることを決意する――これは一見いい話のように思える。
しかし実際のところ、たとえば統合失調症の遺伝率は80%を超える。もちろん、その全員が統合失調症になるわけではない。しかし、身長、体重の遺伝率がそれぞれ66%と74%ということと比較すると、その数字の大きさがわかるはずだ。親が長身であれば子供も長身である可能性は高い。そして、それよりずっと高い確率で、親が精神病なら子どもも精神病になるのである。
3,400冊以上の要約が楽しめる