モノのインターネット(IoT)の1つである産業用モノのインターネット(IIoT)は実用的なレベルとなった。IIoTに必要な処理能力の高いコンピューター、クラウドコンピューティング、分析ツール、モバイル接続等の技術が低コストになりセンサーをはじめとする機器の値段も大きく下がったためだ。
IIoTはプロセスの可視化やデータ効率の向上、システムとサブシステムの協調を実現し、生産単位あたりのコスト、働き方の柔軟性、製品の品質に大きな影響を与える。
たとえば、機器から集めたデータから将来の保守作業のタイミングを予測する「予知保全」により修繕費の12パーセント、維持費の30パーセントが節約可能となる。機器に組み込んだセンサーとインテリジェント診断プログラムを使った予測分析により機器の故障は70パーセント減少する。
世界中の工場で業務や生産プロセスがデジタル制御される場合、2025年までに100兆ドルもの価値を生むという試算もある。
IIoTは顧客への製品の売り方を大きく変える。製品ではなく成果を売る「成果型エコノミー」の時代がやってくるのだ。
これまで成果型エコノミーのビジネスは実現が難しかったが、技術の発展によりそれが可能になってきた。高性能で安価なセンサー等のデバイスやそれらを有機的につなぐことができる技術が発展した。その結果、ユーザーの行動、使用状況などの詳細なデータが手に入るようになり、サービスの成果を定量化しやすくなったのだ。
すでにいくつかの成果型のサービスが普及し始めている。たとえば航空機エンジンメーカーのサービス「パワー・バイ・ザ・アワー」である。エンジンという製品を売るのではなく、エンジンの動作を保証し飛行時間ごとのエンジンの出力に課金している。
航空会社にとっては飛行機の運用にかかる費用をより正確に見積もることができ、メーカーにとっては売って終わりではなく継続的に利益をあげることができるメリットがある。このような成果を売る成果型エコノミーは製造業において当たり前のコンセプトになるだろう。
企業は成果型エコノミーを導入するためにデジタル化に向けた6つの必須能力の開発が求められる。
1つ目はハードウェアとソフトウェアのライフサイクルを調和させることだ。デジタルテクノロジーの進化は早く、製品のハードウェアとそれを制御するソフトウェアの陳腐化の早さは大きく異なる。たとえば車の主要部品が次の世代のものになるまで7年から10年かかるが、ソフトウェアは半年に一度は新しいものが開発されている。このハードウェア、ソフトウェアの双方のライフサイクルを同期させることが求められる。
2つ目はソフトウェア・インテリジェンスとコネクティビティを組み込むことだ。今後、ハードウェアは単なる入れ物となり、その価値は中身のソフトウェアが決める。ドイツのアンバーグにあるシーメンスの工場において生産工程をデジタル技術で接続し、生産効率を大幅にアップさせた実例が出てきている。
3つ目は生産設備を俊敏性の高いものに変えることだ。自動化が大きな効果を上げている自動車や産業機械のメーカーでは製造装置にセンサーや制御機構を組み込んでいる。管理、実行、物流、ERPにおいてもデバイスが接続され産業用クラウドを通じてデータを収集している。そして、そのデータを分析することで生産工程全体を把握し事業を効率化できる。
4つ目は経営判断にアナリティクスを取り入れることだ。接続機能を持ちネットワークにつながった製品やその他の情報源から得たデータを収集・分析することで、従来のビジネスモデルを刷新する経営判断に活かせるようになる。
5つ目はXaaSビジネスモデルへの移行を進めることだ。成果型エコノミーにおいては製品を所有することに意味がなくなり、消費者は必要な時にだけサービスという形で購入するようになる。
6つ目はエコシステムを創造し、動かすことだ。成果型エコノミーにおいては企業が単独でバリューチェーン全体を掌握することは不可能である。企業はサプライヤー、顧客、技術提携企業、スタートアップ、研究機関、競合他社、請負会社、ディーラー、流通企業を含む多層的なエコシステムの中で事業を進めることになる。個々の企業は、自社が持っていないデジタル機能を、エコシステムの中の他の企業から借りるなどして臨機応変に自社機能と組み合わせていく能力が求められる。
IIoTにおいて企業は大量のデータを取捨選択して分析しなければならない。データ分析は製造業における5つの要素を最適化する。
1つ目は顧客体験の最適化である。データを分析して顧客の使用状況を把握し個々に合わせたサービスを提供する。
2つ目は製品性能の最適化だ。たとえば、産業用機器に使われている通信機能を持ったパーツは点検やメンテナンス、交換の時期を知らせてくれる。
3つ目は労働力の最適化である。作業員の服にタグをつけて現在位置を把握すれば、作業を安全で効率的にできる。
4つ目は運用効率の最適化である。水やエネルギー、原材料の消費を抑え物流の流れを効率化し最適なタイミングで保守作業を実行できる。
5つ目は新製品、新サービスのポートフォリオの最適化だ。アナリティクスによりハードウェア関連のサービス、業務運用サポート、データを活用したマーケティングを顧客に提案できる。
データ分析を実行するための計画では、まずは大きな目標と大まかな戦略を明確にする。目標と戦略に沿って特定のユースケースに焦点を絞ってデータ分析を試験的に開始する。それが成果を出した場合にスケールを大きくしていくという流れだ。自社でデータ分析を実行することにとらわれず、他の会社が提供するデータ分析サービスを活用すると良いだろう。
IIoTが普及する時代、顧客はハードウェアのみならず、ハードウェアの使用による成果を担保するサービスを求めるようになる。そのような成果志向のサービスは複雑なハードウェアとソフトウェアによって作り出される。しかし、単独の企業が保有する技術だけではカバーしきれない。たとえば自動車メーカーがコネクテッド・カーをつくるには通信、ソフトウェア、データ分析の技術が求められる。
そこで企業は成長やイノベーションの促進を目的にした企業間のオープンなネットワークの集合体であるエコシステムを活用する必要がある。エコシステムの中で、自社に不足している技術をカバーしてくれるスタートアップを見つけて協業すると良い。
そのため、エコシステムを自社周辺に集めることができるプラットフォームの形成に成功した企業は、今後の製造業において優位な立場を築くだろう。GEのような大手企業は製造業向けのクラウドベースのプラットフォームの提供を始めている。GEの「プレディックス」は製造設備や機器をネットワークに接続しデータを収集し分析する。データから得た知見のフィードバックによりインフラの有効活用や業務の効率化のためのアプリケーションを構築できる。ラテンアメリカのある鉱山ではプレディックスにより多くの工程が自動運転になっている。さらに業務はオーストラリアのオフィスから遠隔操作で行われている。これらは設備や機器をネットワーク化しデータを収集・分析できるプラットフォームがあってこそ可能となるのだ。
すでに一部の企業は成果型エコノミーのビジネスを提供し始めている。2030年頃までには製造業の大半が成果型エコノミーのビジネスモデルへと移行するだろう。それでは、成果型エコノミーの先に何があるのだろうか。まずデジタルでほとんどの製造工程が制御され自律的に機能するようになる。
先進諸国では大半の産業セクターでIIoT化が完了するだろう。そして、注文を受けた時にだけ製品を組み立てる「自律型エコノミー」が出現する。無駄な製品はつくられなくなりエネルギー消費が減少し、資源の使用効率が最適化される。
すでにこの「自律型エコノミー」に近いモデルのビジネスは存在している。ヒューレット・パッカードが提供するプリンターのカートリッジ交換サービス「HPインスタントインク」はその一つの例だ。ネットワーク接続したプリンターがインクの使用量を判別。インクが少なくなったタイミングでヒューレット・パッカードからユーザーに補充のカートリッジが配送される。ユーザーは使用量に応じて料金を支払う。
他の例としてマイクロソフトの認識ソフトウェアと人工知能を搭載した鏡も興味深い。店舗にその鏡を置き、鏡に映った客のボディーランゲージからその客が購入する確率を判定したり、世の中のトレンドをアルゴリズムで分析しその結果を本やテレビ番組の制作に活用することが可能となる。
自律型エコノミーでは、企業は自律的に需要を分析し必要とされるサービスを顧客に提供する。現場に配置されたセンサーから収集されるデータをアルゴリズムで処理し顧客自身が気づいていない需要を見つけ出す。
企業は、顧客の需要を常にくみ取る関係性を構築したうえで、パーソナライズを行うことが必須となる。その先の姿として、顧客の需要にこたえるために、究極的にはロット数が1の製品をつくることとなる。企業はその都度発生する局地的な需要に合わせて企業同士で柔軟に提携し、臨機応変に工業生産を行うようになるだろう。
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