2002年にかの有名な『ネイチャー』に掲載された、たった2ページからなる論文。タイトルは「ネズミをラジコンにした」―生きているネズミを人間が自在に操縦できるという内容だ。ついに人は、他の動物をロボットのように扱える時代が到来したのだ。動物愛護の観点はここでは割愛し、この論文から生まれる疑問「どのようにしてネズミを生きたまま操縦したのか?」、さらに「ロボットと動物を分かつのは何か?」、「コンピュータと人間の脳はいったい何が違うのか?」を通し、脳の正体に迫っていく。
物語の舞台は「大脳皮質」だ。脳の一番外側にあたる部分で、140億個もの神経細胞がぎっしりとつまっている。脳は場所によって役割が異なり、視覚を司る「視覚野」、聴覚を司る「聴覚野」、触覚を司る「体性感覚野」などに分かれている。さらに「体性感覚野」の中でも、足指、足首、膝、しり、胴部…と体の各部に対応して働く部分が分かれている。神経細胞の活動は、電気信号で制御されている。そのため電極を使って脳を刺激する実験がよく行われる。たとえば「運動野」のある部分を刺激すると指が動き、別な場所が刺激されると足が動くという具合だ。意思とは無関係なので、ある場所を刺激された人は「なぜか勝手に足が動いてしまう」ということが起こる。ここで冒頭の、「ラジコンネズミをどうやって作ったのか」に話を戻そう。実はネズミの脳には3つの電極が刺してある。そのうち2つは左右のヒゲを感じる部分に刺激を与えていて、一方を刺激すると「右側のヒゲが触られた」、他方を刺激すると「左側のヒゲが触られた」と感じる。そして最後の1本が刺さっているのが「報酬系」という部分。ここが刺激されると、ネズミはものすごい快感を感じる。そして、ネズミが右側のヒゲが触られたと感じて右に動くと、報酬系が刺激されるリモコンを作る。左も同様だ。するとネズミは、餌も水も全て無視し、いまヒゲが感じた方向に移動することだけを実行する。これがリモコンネズミの仕組みだ。
次に「コンピュータと人間の脳の違い」を考えてみる。生まれながらにして、指と指がつながって、4本指の人がたまにいる。この人の脳を調べると、5本目に対応する場所がない。つまり、人間の脳はあらかじめ5本指に対応していたのではなく、指が5本あったからそれに対応する脳の部分ができた、ということになる。さらに、指が4本だった人が分離手術をして5本指になると、1週間後にはもう、脳には5本目の指に対応する場所ができてくる。つまり、脳の分業は脳が決めているのではなくて「身体」が決めている。ここがコンピュータと脳との決定的な違いだ。コンピュータの実体は、キーボードやマウスを取り外してしまっても変わらない。しかし脳の場合、例えば腕を取ってしまうと脳が変わってしまう。生まれ持った身体や環境に応じて脳は「自己組織的」に自分をつくり上げていく。
そんな人間の脳に対し、筆者は「宝の持ち腐れだ」という。
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