あなたはいま目の前にあるものが、たしかにそこにあると証明することはできますか?
身の回りの景色や友人の存在など、本人が今そこに存在しているという確かな感覚は「現実感」と言われている。しかし、この現実感を保証するものは実のところは何もないと著者は主張している。今、私たちが存在している世界と、寸分たがわぬもう一つの世界があったとする。もしも一瞬のまばたきの間に今の現実世界がその別の世界に切り替わったとして、私たちはそれに気づくことはおそらく困難であろう。どちらの世界においても私たちが五感で受け取ることが出来る情報は、やはり寸分違わず同じだからだ。今の世界で見ている景色は、そのまま別の世界で見る景色と同じであり、今の世界で触れることができるものの触感は、別の世界でもまた同じなのである。
ここで著者は、今の我々がいる世界と全く同じパラレルワールドを作り上げることで「現実を操作することは原理的に可能」だと指摘している。そして、それを可能にするシステムが著者の研究室が開発した「SRシステム」なのだ。
SRとはsubstitute reality、「代替現実(もう一つの世界)」を表している。SRシステムは「この世界」と「もう一つの世界」を実際に行き来するためのシステムだ。この二つの世界を行き来する体験はヘッドセット(カメラとヘッドフォンのついたヘッドマウントディスプレイ(HMD))を装着することから始まる。HMDは頭部に装着するディスプレイで、被験者の視界に映像が表示される。HMDの正面前方に位置したカメラは、被験者の目線の先と同じ方向の映像を録画し、そのままリアルタイムでディスプレイに映し出す。つまり被験者がヘッドセットを装着した時に見る映像は、HMDを装着していない時に見る映像と変わりなく、被験者は目の前で起こっている「現実」が表示されていると思う。しかし、いつの間にか映し出される映像は、あらかじめ撮影されてあった別の映像に切り替わっている。
驚くことに、この実験の結果では21人の被験者全員がその変化に気づくことはなかった。現実ともう一つの世界との違いを視覚と聴覚だけで区別することは困難だからだ。もう一つの映像では、被験者が座っている位置から360度パノラマカメラで撮影された映像が投影されている。
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