経済成長が踊り場を迎えた先進国では、格差と貧困が社会問題となって久しい。政府はさまざまな経済施策や、社会保障・社会福祉の充実によって対処をめざしている。しかし、根本的な問題は解決しないどころか、深刻化する一方だ。
この状況を打破する施策として、世界中から注目を集めているのが「ベーシック・インカム」(以下、BI)である。BIは「健康的で文化的な最低限度の生活を営む」ために、国民全員に現金で与えられる基礎的給付のことだ。
日本のように、少子高齢化と人口減少が進む国では、経済構造・社会構造を抜本的に立て直す必要がある。そのなかで、BIは前向きに検討されるべき施策だというのが、著者の見解だ。
まずは、BIの有効性と、導入の懸念や障壁の乗り越え方に関するポイントを述べていく。
BIは、全国民に一律かつ、永続的に給付されるという特徴をもつ。従来の日本の社会保障制度と比べて、BIの制度的長所は次の5つである。
1つ目は、仕組みのシンプルさだ。査定や計算も不要で、受給漏れも起きない。
2つ目は、運用コストが小さい点である。審査の複雑なルールを運用する人手や手間がかからないためだ。
3つ目は、恣意性と裁量が入らない点である。現行の制度では、貧困者には貧困対策、失業者には失業対策、といったニーズ対応型のサービスを提供している。そのため、家庭訪問や聞き取り調査など、定性的判断によって給付の可否が決められている。その点、BIでは恣意性と裁量が入る余地がなく、フェアな給付が可能となる。
4つ目は、人々の働くインセンティブが失われないという点だ。現行の生活保護制度と違って、追加的に労働収入を得ても、BIの場合、給付額は減額されない。
また、生活保護受給の審査では、個人的事情に立ちいった詮索がなされることもある。BIの場合は、こうした個人の尊厳を傷つけるようなやりとりが生じず、個人は堂々と本来の額を受給できる。これが5つ目の長所である。
BIには、景気対策としても有用という、マクロ経済的なメリットもある。日本の消費動向は、この20年間ずっと停滞している。数々の財政政策や金融政策がほとんど奏功していないのはなぜか。それは、これらの政策が大企業や富裕層を豊かにする一方、国民のほとんどにあたる、中間層、低所得層の生活を苦しくさせるものだったからだ。
グローバル化が進んだ現在では、大企業や富裕層に貯まった資金は、国外の高成長市場に再投資される。そのため、富裕層を富ませることで国全体が豊かになるという、トリクルダウン理論はもはや通用しない。こうした状況下で経済成長を促すには、富裕層から低所得層へと富を移す「再分配」により、低所得層の消費活動を後押しすることが欠かせない。
また、BIは企業にもメリットをもたらす。BIが失業者の公的なセーフティネットの役割を担うことで、解雇規制の緩和や雇用保険の軽減などが期待できるのだ。企業はより合理的な市場対応ができるだろう。
社会保障機能や経済活性化。こうした現実的メリットにくわえ、BIは人間の生き方にもプラスの影響をもたらしてくれる。これについては後述する。
BIには否定的な意見や実現に向けた懸念の声も聞かれる。しかし、BIの導入実験の成果から得た知見をもとに、それらがどれも解決可能であることを著者は明らかにしていく。
まず、制度の設計上、BI導入への懸念点として次の2つが挙げられる。それは、働かない人を増やしてしまうという「フリーライダー(タダ乗り)」の問題、財源を確保できないのではないかという問題である。
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