本書の冒頭で、ある会社のCEOの次のような言葉が紹介される。「戦略と組織。この二つを振り子のように動かす。極端に戦略に振れてしまったときは、組織に振りなおす。単純に見えるが、これこそ企業経営だと思う」。
戦略と組織。これは本書の前提となる切り口である。本書は「組織開発」の本だ。そして、組織開発は経営のフェーズが「組織」に向いたときにこそ、力を発揮する施策である。逆に言えば、経営のフェーズが「戦略」にあるときに導入することは難しい。
とはいえ、組織開発のコンサルティングを行う著者のもとには、高業績にわく企業からの相談が相次いでいるという。ここ数年、事業はうまくいっているが、退職者や休職者の増加に歯止めがかからないという相談だ。従業員の意識調査をおこなうと、組織の健全性や職場の活性度は、低下の一途をたどっているという。
その要因の一つは、組織の疲弊ではないか。多忙感や不安感と言い換えてもいい。事業が軌道に乗っているから仕事は山ほどある。だが、それによる多忙感が、やりがいではなく不安や不信を引き起こしている。
「この会社にいて大丈夫なのだろうか」「働く喜びをもっと感じたい」。そうした現場の声もよく耳にするという。社員の何人かは多忙感と不安感に耐えられなくなり、会社を去る。これが意味するのは、長期的な競争力の衰退である。事業を創り、動かす人材の流出は、企業にとっての死活問題のはずだ。しかし、事業がうまくまわっているので問題は先送りされてしまう。こうした実態に対し、著者は次のように読者に問いかける。
「さて、あなたの会社の振り子は、いま、戦略に振り切っていないだろうか?」言い換えるなら、組織がおろそかにされていないだろうか。
それでは組織の問題に取り組むときにどのようなアプローチがあるだろうか。従来取られてきた施策は、主に「研修」「制度設計」「個別人事」である。「組織開発」はそれらに次ぐ施策といえよう。では、組織開発がそれらと異なるのはどのような点か。
ポイントとなるのは、「技術的問題と適応課題」というフレームワークである。「技術的問題」とは、技術や経験で解決できる問題を指す。これに対し、「適応課題」とは、技術や経験だけでは解決できず、「当の本人が変化しなければ前に進まない」課題のことである。従来の研修は、問題を特定し、それを解決する方法を学ぶといった主として技術的なアプローチによるものだ。
一方、組織開発は、当事者に変化を迫る適応課題のアプローチをとる。当事者が、対話を通じて従来の価値観や仕事のやり方の一部を手放し、新しい能力を獲得することを支援するものである。
日本企業は、この組織開発のアプローチにより、組織を立て直すべきときがきている。しかし、取り入れるタイミングは慎重を期すべきだ。
なぜなら、多忙感に苛まれている現場に新しい施策を下すことへの反発があるからだ。また、従来の研修などでは組織は少しも変わらなかったという人事施策へのネガティブな心象、さらには、経営企画や人事部などの本部に対する不信がある。
組織開発の施策を導入するのは、「業績は好調」だが「組織は低調」というタイミングが望ましい。業績不振が続く状況では、まず戦略による事業の立て直しに注力すべきであろう。また、現場に落としこむには、組織のあり方に注目が集まるようなタイミングを見極めるべきである。著者は、その好機として、中期経営計画(中計)の策定、創業記念、トップ交代の三つをあげている。
そもそも組織開発とはどのようなものか。経営トップから現場の社員まで、全員が対話を重ね、自分たちの見方や前提を見直したり探求したりすることで、一人ひとりの行動や考え方が変わる。そのようなイメージが組織開発である。
次にあげるのが、組織開発の原則だ。それは、「経営トップから始める」「各層のコンセンサス」「当事者主体」の三つから成る。
トップが「戦略」だけではなく、「組織」の課題にも注力している。こうした意志が明確でなければ、戦略の遂行で汲々としている現場に落とすことはむずかしい。そのためには、トップには本気で組織に取り組もうとする覚悟が必要となる。組織開発の担当者(以下、事務局)が、トップの本気度をいかに引き出すかが最初の鍵になる。
ただし、この点についての著者の見方はかなり楽観的である。組織について考えていないトップなど、まずいないからだ。
組織の階層をCEO、役員、部長、課長・課員と分けるとする。組織開発を進めるためには、それぞれの階層できちんとコンセンサスを形成しなくてはならない。
その背景を、著者はINSEADのエリン・メイヤー教授が開発した「権威(ヒエラルキー重視か平等主義か)」と「意思決定(トップダウン型か合議型か)」のグローバル分布図で説明する。日本企業は、ヒエラルキーを重視するが、意思決定は合議型という、他国にはない特異な傾向をもつ。また、経営トップよりも、直属の上司の意向を優先させる。
これに対し、トップダウン型の米国では、生殺与奪の権利を握っているトップの指示は絶対である。ところが日本では、経営トップの指示でも、部長層などが納得していなければ、現場に下りる間に骨抜きにされてしまうケースが多い。したがって、組織の各層には、組織開発の推進に対し納得をしてもらう必要がある。その際に、CEOの意志が明確であることは大前提となる。
各層のコンセンサスを得るために、経営トップ(社長・CEO)との対話のあとに、役員・本部長との対話(役員合宿)をおこなう。役員合宿には経営トップも参加して、役員に自分の思いを伝える。役員・本部長もそれに本音で応えていき、自分の組織がいまどうなっているのか、これからどうしていきたいかについて対話していく。
役員のコンセンサスが得られたら、次は部長との対話(部長支援ワークショップ)である。組織開発の道のりには、いくつもの壁がある。社長との対話も、役員との対話も一筋縄ではいかない。
しかし、何よりも困難なのは部長との対話だ。彼らこそ、成否の鍵を握る「組織開発の一丁目一番地」である。なぜなら、日々の会社の数字を実質的に担っているのは部長層だからだ。彼らが現場の暗黙のルールや作法を生み出している。
彼らとの対話は、個々人が背負っている現場レベルの話である。概念的な「組織」の話ではなく、リアルな「職場」の話になってくる。具体的な話が飛び交い、認識のズレは深く、なかなか埋まりづらいという課題に対処しなくてはならない。
部長支援ワークショップとは、部長が自分の部門や部署をどうやって束ねればいいのかを、自ら内省する場である。しかし、そうした場に入ってもらい、本音ベースで語りあってもらうまでには、大きな抵抗が生じるのが普通である。その背景を見ていこう。
仕事を緊急度と重要度で4分類し、優先順位をつけてもらうとする。すると、ほとんどの部長が優先するのは、(1)重要で緊急、(2)重要でないが緊急、(3)重要だが緊急ではない、(4)重要でも緊急でもない、の順になるという。(2)と(3)の順番に注目すると、多くの部長は重要度よりも緊急度を優先させていることがわかる。その結果、現場で起こっているのが「部長の課長化」である。
もうひとつは「部長に求められる二つの顔」だ。これには「仕事マネジメント」の顔と、「組織マネジメント」の顔がある。本来、部長職にはこの二つの顔が必要だが、高速回転のビジネス環境においては、前者に偏っているのが実情だろう。著者の肌感覚で言えば、8対2くらいの比率である。ここでも、部長の課長化が起こっている。本来であれば、5対5が望ましい。
部長は、こうした事情がまずいことに薄々気づいているが、仕事に追われて手を打てないでいる。
くわえて、従来の経営企画や人事部による施策への不信感、反感がある。
こうした部長の心を解きほぐし、彼らに本音で対話をしてもらうためには、事務局はいくつかのテーマを用意する必要がある。ここでは、ワークショップの参加前に記入する事前ワークの設問を紹介する。
・あなたは、自分の組織の現状をどのように捉えているのか
・あなたにとって、自分の組織の「ありたい姿」とはどのようなものか
・それを実現するには、何を変える必要があるのか
・まずは、どこから始めたらよいと考えるか
部長たちは、ワークショップを通じて、互いの課題や認識を共有しながら、こうした問いの答えを深めていく。そこから、自分の組織をこうしたいという「変革のストーリー」が見えてくる。
ワークショップで自分なりの「変革のストーリー」を持ち帰った部長たちは、それぞれの職場に戻る。そして、それぞれのストーリーに則って、一体感や信頼感のある職場にむけて組織開発に取り組んでいく。事務局の役割は、それを側面で支援することだ。
ただし、すべての部長が初めから変革に取り組むことは、期待しないほうがよい。参考になるのが、新製品が市場に浸透する際のマーケティングのモデル、「イノベーター理論」だ。この理論にならい、100人中16人が行動を起こせば、組織開発の動きが全体に浸透していくととらえられる。したがって、まずは16人の部長を巻き込むことを優先させるべきだ。
最後に、組織開発の三つめの原則「当事者主体」について補足をしたい。組織開発において当事者とは、経営トップから新入社員にいたる全員を指す。だが、最も当事者意識をもつべきなのは、組織開発を推進する事務局のメンバーである。
組織開発とは、組織のメンバーに、自分自身が問題の当事者であり、組織で起こっている問題の一部は自分にあることを認識してもらう、「自分ごと化」のプロセスである。これを成功させるには、まずは事務局自身が、本物の当事者であることを体現しなければならない。つまり、事務局の本気が問われるのである。
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