経済学者のマイケル・クレマーはケニア滞在中、慈善団体ICSの活動に関与することになった。ICSは就学率やテストスコアの改善に取り組んでいた。
クレマーは「ランダム化比較試験」という手法で、プログラムを検証することを提案した。14校のうち7校でプログラムを実施し、残りの7校は普段のままにしておく。両者を比較することで、プログラムが効果的かどうかわかるというわけだ。
ランダム化比較試験は他の科学分野では定番の手法だが、開発業界で実施されることはほとんどなかった。試験の結果、教科書の支給や教員の増配など、教育向上のための常套手段は、実は目に見える改善効果がないとわかった。
そんなとき、クレマーが友人から提案されたのが駆虫プログラムだ。腸内寄生虫は先進国ではほとんど知られていないが、全世界では10億人以上が感染している。特許切れとなった薬が使えるので、実は安上がりな治療だ。
クレマーは、寄生虫の駆除の教育への影響を実験で確かめた。その結果、驚くべきことに、寄生虫の駆除は就学率を高める最も費用対効果のよい方法だと判明した。長期欠席はケニアの学校を悩ます慢性的な問題だが、駆虫により長期欠席は25%も減少した。治療コストから計算すると、子供ひとりを1日多く学校に行かせるのに、たった5セントしかかからない。
当然ながら教育だけでなく、健康や経済面でのメリットも大きかった。駆虫を受けた子供はそうでない子供よりも、週の労働時間が3.4時間長く、収入は2割も多かった。駆虫に関するクレマーの研究成果が発表される頃にはもう、彼の革命的なアプローチに追随する者が何人も生まれていた。
クレマーと妻のレイチェル・グレナスターは、駆虫プログラムの技術援助をする非営利組織「デウォーム・ザ・ワールド・イニシアティブ」を共同設立し、これまで4000万件以上の駆虫治療を実施した。慈善団体の独立系評価機関「ギブウェル」は、同団体を最も費用対効果のよい開発慈善団体のひとつと評価している。
マイケル・クレマーらの活動は駆虫という非常に地味なプログラムだったが、大きな成果を上げた。これは著者が「効果的な利他主義」と呼ぶ考え方を見事に体現している。「どうすれば最大限の影響を及ぼせるか?」と問い、客観的な証拠と推論で答えを導き出したからだ。
「効果的な利他主義」は「効果的」と「利他主義」の2つの要素からなる。「利他主義」とは単純に、他の人々の生活を向上させるという意味だ。いっぽうで「効果的」とは、手持ちの資源で、できるかぎりのよいことを行なうという意味である。
重要なのは、単に世界をよりよくするのではなく、できるかぎりの影響を及ぼそうとすることだ。そしてある行動が「効果的」かどうか判断するには、それが他のどの行動よりも優れていることを確かめなくてはならない。
効果的な利他主義の掲げる重要な問いとして、著者は次の5つを挙げる。
(1)何人がどれくらいの利益を得るか?
(2)これはあなたにできるもっとも効果的な活動か?
(3)この分野は見過ごされているか?
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