著者は1990年代はじめごろから腰痛を患っている。ちょうど仕事でコンピュータを使い、座ったままで長時間過ごし始めるようになった時代だ。
たしかにコンピュータのおかげで仕事は楽になった。だが動かなくてもさまざまなことができてしまうライフスタイルは、腰痛の原因になっている。実際にこうした仕事や環境の変化で、腰痛だけではなく反復運動過多損傷(RSI)、眼精疲労、坐骨神経痛などで悩む人は増えた。多くの人が自然死ではなく、「ミスマッチ病」という身体と環境との緊張関係によって生じる病が原因で亡くなっているのもそのためだ。
近いうちに現代は「人新世(じんしんせい)」の時代と認められる予定である。人新世は「人間」を意味する言葉と、「近年」または「新しい」を意味する言葉に由来する。「人新世」において私たちの身体が作り変えられ、今までにない病に襲われる問題を解明することが、本書の最大のテーマである。
著名な動物学者であるチャールズ・ダーウィンは、人類がすぐれた種になれたのは足のおかげだと主張していた。たとえば類人猿は、モノをつかみやすい足の構造になっており、足の指のデザインや筋肉の付き方が人とは違う。一方で人の足は、あくまで移動するための構造になっており、長距離の移動が可能である。足だけで移動できるようになったおかげで、手を自由に使えるようになり、繊細で高度な能力の獲得につながった。この手の器用さが、言語の発達につながった可能性は高い。足のおかげで手の進化も始まったのだ。
また足が発達するにつれて、狩りに適した身体に人類は変化していった。四足歩行の動物の方が走るのは速いかもしれないが、人類はその代わりにスタミナを手に入れた。これにより獲物が倒れるまで追いかける狩りができるようになった。
そして4万年前、人類は「靴」を使うことを覚えた。靴のおかげでさらなる長距離移動ができるようになり、気候変動による致命的な影響も回避できた。しかし便利になればなるほど、本来の足の強さは奪われていくことになる。
約800万年の歴史において、人類はたしかに進化を遂げてきた。ゆえに初期の人類と現代人では、類似点もあれば相違点もある。身体の違いを比較すれば、いま起きている変化も見えてくる。
「人新世」以前で、歩きぶりが現生人類に近かったのはホモ・エレクトスだ。足跡から、足の構造も近かったことがわかっている。現生人類と異なる特徴としては、尻の筋肉(臀筋)が発達していたことが挙げられる。ホモ・エレクトスは、時間のほとんどを歩いたり走ったりすることに費やしていた。いまのような椅子に座って作業するのではなく、長距離を移動したり狩りをしたりする必要があったからだ。つまり臀筋は働きっぱなしだったのである。
産業革命が起きた18世紀に、人類の身体の変化は加速した。労働がどんどん分化し、動かないでひとつの仕事に集中するようになったからだ。この止まった姿勢が、
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