誰しもグローバル経済の影響から逃れることはできない。「経済」と聞くと、貿易などの大きな動きをイメージするかもしれないが、経済や経済が持つ力は、個々の行動によって形づくられている。自分の意図とは関係なく、私たち個人の行動が経済に影響を及ぼしているのだ。
本書では、世界でもっとも信用の厚いアメリカドルが世界を駆け巡る様子を追いかけながら、経済の仕組みを考えていく。この旅はお金と権力の物語だが、それは私たち人間の物語でもある。旅のスタート地点はアメリカだ。
テキサス在住のローレン・ミラーは、大型スーパーマーケットであるウォルマートにいた。ここはいわば「消費の大聖堂」。低価格で何でも揃う。彼女はささやかな贅沢として、格安ラジオを購入した。
ローレン・ミラーが買った商品は、彼女の家までの数キロしか移動しない。だが彼女が払ったドルは、ラジオの工場がある中国へと1万キロ以上の旅をすることになる。
低価格を維持するために、ウォルマートは中国との提携に強く依存している。2004年には180億ドル相当の商品を中国に発注しており、その額は2014年には3倍近くに増えたと予想されている。
2017年、アメリカは、3760億ドルにものぼる過去最大の貿易赤字となった。中国からアメリカへ5060億ドル相当を輸出したにもかかわらず、アメリカから中国への輸出は1300億ドルにとどまっている。その裏には、ウォルマートの中国依存がある。
貿易には、「特化(スペシャリスト化)」という考え方がある。地元で必要とされる量以上の商品を生産すれば、地元の外と取引できるという考え方だ。これは国と国の間の貿易においても同じだ。自国で生産するより安く入手できる商品は他国から輸入する一方で、利益率が高い商品を多く生産し、輸出すべきである。ウォルマートが中国から安く商品を調達できるのは、中国がローテク商品製造のスペシャリストになったからだ。
一方、アメリカは温暖な気候と適切な土壌のもと、大豆生産の分野におけるスペシャリストとなった。高機能なハイテク機械や機器の販売でもアメリカが優位に立っている。
それぞれの国が自国のためだけに商品を作るという方向に向かわないのは、「比較優位」という考え方があるからだ。仮に、中国では航空機1機の製造が10万台のラジオの製造、アメリカでは2機の製造が10万台のラジオの製造に相当するとすれば、飛行機製造でアメリカに「比較優位がある」という言い方ができる。どちらの国も比較優位がある商品の製造に特化すれば、全体として生まれる商品の数は最大になる。これを自由貿易でやりとりすれば、より多くの商品をよりコストをかけずに生み出すことができるというわけだ。コストが下がれば販売価格も下がり、消費者にとって使えるお金が増える。
物価が下がると生活費も下がり、インフレーションの抑制につながる。つまり、中国製の安い商品のおかげでアメリカの金利が低く抑えられ、世帯や企業の借り入れにかかるコストが下がっているともいえる。
グローバル化や自由貿易によって、消費者や国家全体が豊かになっているように見えるかもしれない。だが、その恩恵を受けていないと感じている人がたくさんいることも事実だ。ウォルマートが中国から商品を輸入するせいで、この12年のあいだにアメリカの製造業で40万以上の雇用が失われたという調査がある。
中国はどうだろう。
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