人間の身体能力が遺伝に左右されることは広く知られている。だが実際は「性格」「知性」などの内面も、遺伝子によるところが大きい。とくに性格の50パーセントは、遺伝で決まるという。そのため「能力の限界を超えたい」と願っても、そう簡単にはいかない。
こういう主張をしていると、「限界とは、ネガティブな思い込みから、自分の心が決めたものだ」という反論が来ることもある。たしかにそのような場合もあるが、ここで問題になるのは「生物学的な限界」と「思い込みの限界」をどうやって見分けるのかということだ。自分が感じている限界が思い込みによるものではなく、生物学的なものだとしたら、それを超えようとしても結果はなかなか出ない。ひどい場合はプレッシャーに押しつぶされてしまうだろう。
さらに限界は、環境・生活習慣・体調などの外的要因でコロコロ変化するものでもある。昨日と今日で限界点が変わる場合もあるため、限界にこだわって悩み続けても意味はない。すなわち限界があること自体を問題にしても仕方がないのだ。
では「限界」に立ち向かうにはどうしたらよいのか。唯一の正しい方法は「試す」ことである。「体力の限界」を例にとろう。「今よりも働くと体を壊すかもしれない……」と考えたとき、「これは思い込みだ!」と自分を励ましても何も生まれない。自分の体力の限界が実際にどの程度かをつかむには、エクササイズで体を鍛えて体力をつける、仕事を辞めて静養するなど、思いついた仮説を試して検証してみる他ないのである。
失敗したら別のものを試すというのは、じつにシンプルな方法論だ。だがこれを常に実践できる人は少なく、「わかっていてもできない」パターンが多い。さらにタチが悪いのは、「そんなことはわかっている」のに、一向に行動しないというパターンだ。この罠にハマると、人々はひたすら問題を先送りにしてしまう。
これら2つのパターンは異なるように見えるが、「現状維持バイアス」にとらわれているという点で共通している。どう考えても変化を起こすべきなのに、新しいものを受け入れられず、現状のままでいたいと思ってしまっている。このバイアスは狩猟時代に人間の脳へ書き込まれたもので、人間の変化を嫌う性格はここから来ている。だが現代では思いついた仮説をすぐさま検証し、変化を起こせる人のほうが、より適応力は高い。
今は現状維持バイアスの他にも、60~80種類のバイアスが見つかっている。しかしわたしたちはその存在に気づけず、無意識のうちに判断をコントロールされがちだ。アインシュタインの「限りがないものは、宇宙と人間の愚かさの2つだけだ」という名言は、少なくともバイアスに関しては的を射ている。何も対策をとらないままバイアスに飲み込まれると、なす術がなくなってしまう。
だが近年ではバイアスに関する研究が進み、その悪影響を和らげるための思考のゆがみを乗り越える科学的な方法も編み出されてきている。これこそが、著者が伝えたい「科学的に正しい限界の突破法」である。
バイアスに抵抗したければ、前もって脳の合理的なシステム(=合理脳)を動かしておくしかない。効果的な方法の例は次の通りだ。
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