大学の理工系学部を卒業し、NECに入社した著者は、当初営業のバックオフィス的な職種についていた。そして入社から7年が経ち、異動へ。半導体事業を分社化し、東証一部へ上場させるという大型プロジェクトに関わることになった。世界中の投資家を訪問し、投資を呼びかける中で、投資家と企業との対話に面白さを感じ、IR担当へと異動することになった。そしてその後、会社として初のIR専任者を募集していた楽天へ移ることとなった。
専任者がいなかった楽天のIRは、手つかずのことが多くあった。三木谷社長の要望もあり、著者は、場当たり的で受け身だった活動を戦略的に行うことをめざした。最初に着手したのは、社内向けにIR週報を出すことである。情報は発信する人のところへ集まってくるものだ。
さらには、機関投資家とのミーティング履歴をデータベース化し、ターゲティングの材料とした。IRの目的は、「株を買ってもらうこと」である。データの蓄積は、IR活動の対象を定めるために非常に重要だった。そこで著者が始めたのが、自社の株価分析である。理論株価を計算し、場合によっては投資家とのコミュニケーションにも活用した。これらの取り組みは10年以上継続され、楽天のIR戦略の基礎となっていった。
2007年3月、著者は証券会社主催のカンファレンスの準備を進めていた。ここでのカンファレンスとは、証券会社が機関投資家と投資先候補である上場企業を集めて、効率的にIRを行う場のことである。そしてそれは、100以上の投資家を集めて企業のトップがスピーチをする「ラージミーティング」と、企業1社と投資家1社が直接話し合う「1on1ミーティング」に大きく分かれる。
著者は、ラージミーティングで三木谷社長が使うプレゼンテーション資料を作成した。楽天のことをよく知らない海外の投資家に伝わる、楽天のビジネスモデルの強みは何か。これが焦点だった。
そもそも、楽天創業以来のサービスである「楽天市場」は、出店店舗自身がページを編集でき、独自性を出すことを可能にしている点で、他のECサイトとは大きく異なる。個性豊かな店舗をネットサーフィンするのは、市場をめぐるような楽しい経験である。そして買えばポイントも貯まっていく。こうしたエンターテインメント性とお得感を得られるのが楽天市場の強みである。
消費者と出店者がコミュニケーションできないECサイトとは違い、消費者の買い物の楽しさを追求しつつ、出店者とともに市場自体も持続的に成長していく――。これが楽天市場のめざす姿だ。「元気にする」「自立するのを助ける」という意味での「エンパワーメント」が、楽天のコンセプトである。出店店舗のスタッフ向けに開催されるセミナー、「楽天大学」も、それを体現する動きの1つだ。出店店舗同士の横のつながりも強く、1つの共同体が形成されている。こんなことを行っているEC企業は他にない。楽天市場への出店からスタートして、数年後には株式を上場した会社もあるほどだ。
ラージミーティング本番。三木谷社長は「楽天グループの目標はインターネットと会員ビジネスの融合」と宣言した。会員価値の最大化が基本戦略であるという点で、他のインターネット企業とは大きく異なると述べた。そして、会員ID数、流通金額の総額などの数字をあげて説得力を高めていく。さらには、会員に向けた価値創造の仕組みが企業価値創造につながる「楽天経済圏」というコンセプトを紹介。プレゼンテーションは聴衆の熱気のうちに終わった。
3,400冊以上の要約が楽しめる