平成はバブル絶頂の1989年に幕を開けた。だが早くも2年後の91年、バブルは崩壊する。その間、ほとんどの経営者、識者、そしてメディアは「一時的な後退局面」と捉え、バブルの余韻に浸っていた。
そのような90年代前半を象徴するのが、地価の暴落などに起因する「バブル型倒産」だ。経営者のマインドとしては、「売上至上主義からの転換」ができたかどうかが明暗を分けた。バブルの熱狂の下で、「売り上げさえ伸ばしていれば大丈夫」という経営をそのまま続けてきた企業は、財務管理の未熟さによって次々と倒産した。言い換えるならば、どんぶり勘定を改められなかったのである。
生き残った日本企業は、この教訓を受けて、徐々に売上市場主義からの脱却を図り、利益重視、キャッシュ重視の経営に舵を切っていく。
90年代の後半には、「貸し渋り」という言葉が広がる。金融機関の経営破綻が相次いだ97、98年には、これが原因で倒産する中小企業が増加した。
00年頃をピークに、日本の生産年齢人口(15~64歳)は減少に転じる。02年頃には景気が反転し、日本経済に明るい兆しが見られるかと思われた。しかし製造業がパソコンや携帯電話の市場拡大などで比較的潤っていた一方で、人口動態の影響を受けやすいサービス業では顧客の奪い合いが激しくなり、デフレの流れが決定的になった。
景気が回復しても経営は一向に楽にならない。この時代、中小企業の経営者に問われたのは、市場縮小に対応した新しい事業モデルへの転換であった。
こうした流れに、2つの要素が加わった。1つはデジタル化の進展である。フィルムからデジタルに移行したカメラが典型的であるが、インターネットの普及も相まって、消費者の金と時間を巡る競争環境が複雑さを増した。
もう1つは、戦後に創業した会社の多くで、事業承継の時期を迎えたことである。後継者選びに失敗したり、承継のタイミングが遅れたりした企業は、時代の変化に堪えられなかった。
近年の傾向で特徴的なのは、企業倒産に占める老舗企業(業歴30年以上)の構成比が増加していることである。
15年に日本の総人口が減少に転じ、あらゆる業界で市場縮小が鮮明になった。過去の勝ちパターンを大きく見直さなくてはならない時期に入ったため、過去のやり方こそが資産と考え、変化を拒む老舗はどんどん倒れていった。
どんな企業にも、創業期、成長期、安定期といったライフサイクルがある。企業が成長を続けるには、折に触れ自社の事業を見直すことが必要だ。事業の本質的な価値に立ち返り、市場の変化に合わせて「再定義」する。それを踏まえて次の一手を打ち続ける。今後はますますそうした取り組みが求められていくだろう。
倒産を経験した経営者の多くが、「もっと早目に決断をしていれば」と後悔している。後手に回った要因には、「何とかなるのではないか」という、物事を先送りにする気持ちもあるが、倒産についての知識不足も関係している。
倒産のシミュレーションをする際は、関連法制の枠組みだけでも知っておきたい。
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