未完の資本主義

テクノロジーが変える経済の形と未来
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ポール・クルーグマン、トーマス・フリードマン、タイラー・コーエン。名だたる経済学の大家たちが「テクノロジーは資本主義をどう変えるか」という問いに対し、持論を展開する本があるとしたら、手に取ってみたくならないだろうか。本書は、著者が七名の名高い経済学者や論客に現在の資本主義が抱える問題とその処方箋を問うた、珠玉のインタビュー集である。ページをめくると、「多くの人がどうでもいい仕事に就いている」「ユートピアは実現できる」「GAFAの支配には対抗策がある」など、刺激的な主張が次々と登場する。

もちろんすべてを解決する万能薬のような答えはない。だが、この七名の現状分析や問題意識には共通する点が多くある。それぞれの主張の関係性に目を向ければ、今後の政治・経済問題に対するコンセンサス形成の萌芽を感じることができる。また、彼らは友人同士であったり、影響を受け合ったりしているケースも多い。彼らの主張の相互作用を見出すときには、知的興奮を覚えるだろう。

イノベーション理論で有名なシュンペーターは、「資本主義の欠点は自ら批判されたいと願っていることだ」と述べた。批判すら飲み込んで自らを変化させる資本主義は、いま、何らかの方法で大きく変化をすべきときに来ているといえよう。現状を俯瞰し、未来を見通すうえで有用な視座を得たい。そう考えているビジネスパーソンに、うってつけの一冊だ。

ライター画像
ヨコヤマノボル

著者

大野和基(おおの かずもと)
1955年、兵庫県生まれ。大阪府立北野高校、東京外国語大学英米学科卒業。79〜97年渡米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学ぶ。その後、現地でジャーナリストとしての活動を開始。国際情勢の裏側、医療問題から経済まで幅広い分野の取材・執筆を行う。97年に帰国後も取材のため、頻繁に渡航。アメリカの最新事情に精通している。訳・編著に『未来を読む』『お金の流れで読む 日本と世界の未来』(以上、PHP新書)、著書に『英語の品格』(ロッシェル・カップ氏との共著、インターナショナル新書)など多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    テクノロジーの著しい発展によって、資本主義はいま修正を迫られている。
  • 要点
    2
    資本主義がいま大きな批判にさらされているのは、テクノロジーの発達のためだけではない。先進国の低成長や少子高齢化、気候変動など、従来の経済学では解決できないような問題が噴出しているためだ。
  • 要点
    3
    論客たちが提唱する対応策はさまざまだ。政治の力で再分配を強化すべきという声もあれば、一日三時間労働をめざすべきという声、ベーシックインカムを実現すべきという声もある。

要約

【必読ポイント!】 我々は大きな分岐点の前に立っている

AIによる大量失業は当分訪れない
ipopba/gettyimages

ポール・クルーグマン氏は、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者である。彼の理論は、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の理論的支柱という役割も果たしている。クルーグマン氏は、「AIがすべての仕事を奪うという話は、下手なSF映画の類」と一刀両断する。農業従事者が減少しているように、仕事の代謝はいつの時代にも起こっているのだ。

しかし、AI脅威論が叫ばれる背景には、世界的に進む格差の拡大がある。現在は「2つに分かれる道の分岐点にいる」というのが、クルーグマン氏の分析だ。道の1つは寡頭政治、つまり一握りの富裕層が政治を支配し、民主主義すら脅かされる道である。そして、もう1つは政治の力で富を分配し、中間層を復活させる道である。

後者の道を進むためのポイントは、格差が経済的なものではなく政治的なものであり、分配のための富はすでにあると認識することから始まる。

アベノミクスはなぜ上手くいかないのか

安倍政権はクルーグマン氏の理論に基づいて、大規模な金融緩和を柱とする「アベノミクス」を実行している。その結果、ほぼ完全雇用が達成され、人手不足が声高に叫ばれるようになった。その一方で、2%のインフレ目標は達成できていないままだ。

クルーグマン氏はその原因を、日本の生産性の低さやイノベーション創出の少なさではなく、企業が賃金やモノの価格を上げようとしないことにあると見ている。さらには、生産年齢人口の急速な減少と、移民に対する不寛容性が経済成長を阻んでいるという。

フラット・ファスト・スマート化する世界経済のゆくえ

日本の凋落の要因は閉鎖性にあり

クルーグマン氏の友人で、グローバル化した世界の代名詞ともなった『フラット化する世界』の著者であるトーマス・フリードマン氏。彼は日本が凋落した要因が「閉鎖性」にあると考えている。フラットな世界では、もっとも開放的なシステムであることが伸びる条件となるからだ。さらに、世界はフラットになっただけでなく、ファストかつスマートにもなっている。そのため、無能なリーダーがわずかでも舵取りを誤ると、正しい道に戻るのに大きな代償を支払うことになるというのだ。

またフリードマン氏は、「21世紀は健全なコミュニティがもっとも有効な統治単位になる」とも主張する。つまり、競争が国や企業間だけでなく、都市や町単位で起こるということだ。そのコミュニティが健全であるための要件は次の3つである。開放的であること、気概のある市井のリーダーがたくさんいること、そして特別な政治信条がないことだ。

いま起きているのは「Bullshit Jobs」の蔓延だ

意味のない仕事が増えている
grinvalds/gettyimages

デヴィッド・グレーバー氏は、文化人類学の教授であり、アナーキストの活動家としても知られている。そんな彼が、「Bullshit Jobs(どうでもいい仕事)」という名のエッセイを雑誌に発表した。大きな組織では、本人すら意味を見出せない仕事に就いている人が増える一方で、そうした人たちが高給を得ている。こうした主張が大きな反響を呼び、彼のエッセイは書籍として出版された。大した仕事もせず高給を得ているのだから、本人はさぞ満足だろうと考えるかもしれないが、実態は逆である。みじめな気持ちになり、心身症を訴えるケースなどが多い。こうした状況を受けて、グレーバー氏は人々の労働に対する考え方の変化を望んでいる。

意味のない仕事をなくすための近道は、看護師や保育士、運転手といった人の役に立つ仕事の賃金を上げることである。そして、究極の手段は、誰にでも最低限の生活ができる現金を渡すユニバーサル・ベーシックインカムの実現なのである。

成長を追い求める経済学が世界を破壊する

資本主義の進歩を信じよ

チェコ出身のトーマス・セドラチェク氏は、異端といえる経済学者である。彼は精神分析のアプローチを用いて、資本主義を分析した。そして、彼の考える望ましい経済システムのあり方は、数学ではなく人間の本性に即したものである。

セドラチェク氏は資本主義の否定論者ではない。むしろ資本主義の進歩を信じている。経済をひとりの人間にたとえると、肉体は実体経済、つまり取引やモノ自体であり、精神は実体経済を支える制度や学問だ。資本主義を再生させるには、精神にあたる経済学の立て直しが第一歩である。その際、信じるべきは「人間の善意」だという。

資本主義を進める力が人々の倫理的な感情と合致していれば、資本主義は完璧になる。しかし、現実はそうではない。市場はフェアにできていないからだ。貧しい者がつくった安い商品は、それがどんなに価値があっても、お金持ちは決して高く買おうとはしない。価格交渉力はお金持ちのほうにあるのだ。

フェア・ゲームができる社会を

本来ならフェアな価格設定が求められるが、経済学はモラルやフェアネスをあまり気にかけていない。これがセドラチェク氏の指摘だ。アダム・スミスの提唱した「見えざる手」、つまり各自の利益追求に任せればすべてうまくいくという考えにも否定的である。なぜなら、見えざる手は、社会のほんの一部である「市場」にしか働かないからだ。

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要約公開日 2020.04.09
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