本書は、著者が勤務していた東京都立中央図書館での「レファレンス」、すなわち相談業務の質問・回答の記録である。東京都立中央図書館には、都民からはもちろん、企業や区市町村立図書館、さらには全国・海外からも質問が寄せられる。その数は、年間6万件を超える。
レファレンスは、利用者の疑問や問題に応えるべく設けられている。近年、情報化や生涯学習の重要性が叫ばれるなか、注目を集めているサービスである。質問の内容は、生活の中で感じる小さな疑問から、仕事で行う調査、学問上の研究など多岐にわたり、あらゆる分野に及ぶ。
こうしたレファレンスの実態は、一般にほとんど知られていない。サービスの存在自体を知らない住民も多いだろう。本書の目的は、その実態を明らかにすることだ。記録した期間は、1988年9月から1989年1月までの5カ月間である。
9月は大学の新学期の始まりが近いからか、学生からの質問が多い。あるとき若い女性から、「トマス・ハーディの『息子に拒まれて』があるか」と質問がきた。こうした質問は、大体学校の英語のテキストに関係している。『息子に拒まれて』というタイトルがあまりに直訳的なので誰の訳か聞くと、自分で訳したものだという。原題は“The son’s veto”だそうだ。調べてみると、実際にT・ハーディ著、『息子に拒まれて:変わりはてた男』という本が見つかった。だが所蔵はしていなかった。他にも同書の訳書が多数見つかったが、『息子の拒否』『息子の反対』『許されざる願ひ』など、タイトルの翻訳がそれぞれ異なっている。中には所蔵しているものもあったので、その旨を回答した。
また別の若い女性から「コーソン・マクルーズの本はあるか」という質問が寄せられたときのことだ。スペルを聞くと、電話の向こうから友達に「スペルはわかる?」と聞く声が聞こえる。“Carson Mccullers”だという。だが「マクルーズ」と調べても出てこない。そこで『翻訳図書目録』で表記を調べると、「マッカラーズ」となっていた。こちらは何冊かあったため、書名を伝えた。
さらに別な学生が、「カフカの本はこの図書館に一冊もないのか」とカウンターへ来たこともあった。どのように調べたのかを聞くと、著者名カードで「フランツ・カフカ」で調べたという。だがそれでは出てこない。一緒に著者名カードのところへ行き、「カフカ、フランツ」で引くのだと説明する。このように外国人の著者名カードの引き方がわからない、そもそも図書館での本の探し方がわからないという学生は多い。
あるとき、区役所から「皇室用語の使い方について書かれた本はないか」と電話で聞かれたことがある。当時は昭和天皇の病が篤くなられた時期だったため、同様の問い合わせが多かった。「天皇陛下はおかくれになったらどこへゆかれるのか」「大正天皇が亡くなられたとき、元号はすぐに変わったのか」「当時の新聞はどうなったのか」「お亡くなりになったら学校は休みになるのか」など、実にさまざまな質問が寄せられた。ちなみに大正天皇が崩御されたとき、新聞の元号表示はすぐに変わっている。また、ある本には「学校は休みになった」と書かれているが、公式の記録では休みになっていないと書かれている。
別な電話だと、「ティファニーのテーブルセットの仕方がわかるものとショーウィンドウの写真はないか」という問い合わせもあった。調べてみると、『ティファニーとニューヨーク/ガウディー 光彩の魅惑』『ティファニーのテーブルセッティング』などがある。しかしいずれも貸し出し中なので、近くの区立図書館に問い合わせてみるように伝えた。
さらにある日のカウンターでは、「『帝国ナントカ』という会社録があったと思うが、あるとすればどこにあるか」という問い合わせがきたので、ひとまず会社録のある場所を案内した。結局これは、帝国データバンクが出版している『帝国銀行会社年鑑』のことだった。このように探しているものがあいまいな場合でも、レファレンスカウンターは対応する。
電話で「図書館のコピーはなぜ35円なのか。公共機関なのに高すぎる」という苦情がきた。スーパーなどでは10円なのに、納得がいかないという。
これは図書館が、著作権法という法律にもとづいて行なっているからだ。著作権者の経済的な権利を損なわない範囲でコピーが行われているかどうかを図書館員が確認し、実際のコピーは業者に委託する。人件費などを考えると、35円でも赤字である。
こうした苦情はときどきあるが、著作権者の権利の保護、資料の管理・保存のための諸経費を考えれば、けっして高い値段ではない。民間で図書館と同じような資料の管理・保存をしようとすれば、とても1枚35円ではできないはずだ。民間機関では、140円でコピーサービスをしているところもある。
さらには、あるプロダクションから「最近出た個人の写真集を動画で撮影したい」という依頼があった。これも当然、著作権者の許可がなければできない。音楽著作権協会のように、書籍にも著作権料を徴収するシステムが求められる。
世の中には情報があふれかえっている。だが何かを調べるとき、必要な情報はそのごく一部だ。価値ある情報を手に入れるには、常日頃から関心を持って、情報を入手するための努力を重ねておかなければならない。
そのためにはまず、情報を入手する目的をはっきりさせることが重要だ。何のために必要なのか、どういう情報を、どの程度手に入れたいのか。情報を入手するルートは、(1)紙に印刷された文献、(2)写真やビデオなどの映像メディア、(3)オンライン・データベースなどの電子メディア、(4)人や組織などから直接、という4通りの方法がある。必要な情報が、どの範囲にあるのかを考えて調べるべきだ。
文献や情報を調べる一般的な原則として、「情報が広い範囲に凝縮されているものから調べはじめ、個々の分野に限定して情報を集めたものへと進む」という方法と、「身近なところから調べはじめ、情報を高度に蓄積している機関へと遡って行く」という方法がある。図書館への相談は、後者の代表的な方法だ。利用者が身近な市立図書館に質問をして、そこでわからなければ、より大きな図書館へ聞いてくれたり、国会国立図書館へ問い合わせてくれたりする。
いずれにせよ求める情報によって、調べるツールは使い分けたほうがいい。たとえば新しい情報ならば、オンライン・データベースが一番だ。基本的に紙に印刷された情報は、やや時間が経過したものになる。
文献を調べるときは、「書誌の書誌」とも言うべき文献目録の文献目録から調べ始めるといい。この方法ならば、ひとつの事典などでわからなかったときでも、他の図書、雑誌記事、新聞記事へと範囲を広げていける。こうした情報の調べ方を知っておくと、さまざまな分野で応用できる。
貸出とレファレンスは、質的に異なる。日本の図書館は資料提供、すなわち貸し出しを重視する考え方が支配的だ。いわく「図書館の基本的な機能は資料を提供することにあり、市民への資料提供を保障するものとして図書館の自由がある」というわけである。そこでは、レファレンスは貸し出しの付属サービスだと思われがちだ。しかし図書館はそんなに単純なものではない。2つは関連しているが、まったく違う、独立した別々のサービスなのである。
レファレンスは社会全体の情報資源を、有効に活用するためのものだ。国民が資料を探したり、調べものをしたりすることを通して、人々の生活や地域社会を、よりよいものにしていくためにある。それと同時に、「知る権利」をはじめとする、憲法的な価値の実現にもつながる。これはとりわけ、現在の社会で重要な考え方である。
情報化が進み、ビッグデータが活用されるようになったことで、見えている情報が自分にとって都合のいいものだけになってきている。スマートフォンには自分にとって好ましい情報ばかり提示され、SNSでもいい反応しか返ってこない。その結果、自分の発言を正しいと思う人ばかりの、都合のいい情報空間ができあがってしまうという問題が発生している。そこでは過激な意見ばかりが取り立てられ、社会が分断される傾向が強まっている。自由な情報の流通を保障することが、かえって社会の分断を助長するという状況が生まれているのだ。
アメリカでは「信頼できる専門職」の第2位に、図書館司書が挙げられている。広い範囲の情報から、公正にさまざまな意見を提供する専門職だからだ。これが、図書館がレファレンスを通じて提供している価値のひとつだ。図書館は「表現の自由」と「知る自由」という価値を実現する、社会的な装置なのである。
札幌市のビジネス街の中心地に、「札幌市図書・情報館」という図書館がある。これは貸し出しをしない、レファレンス重視の図書館だ。図書館の一般的な業務である貸し出しをしないにもかかわらず、多くの人が集まり、利用している。貸し出しをせずとも、本と人を結びつけるシステムが整備されていれば、図書館の集めた多種多様な本や資料を使ってもらえるのだ。
日本だと、図書館は「貸し出しサービスを行なっている場所」というイメージが強い。したがって司書という専門職の認知度も低い。この最も大きな原因は、気軽に図書館員へ質問できる仕組みがつくられていないことにある。レファレンスカウンターは、貸し出しカウンターよりも目立ちにくい場所に配置されていることが多い。しかも貸し出しカウンターが混雑してくると、レファレンスカウンターの人員もそちらに割かれてしまう。レファレンスカウンターには人があまり来ないため、そもそも人が配置されなくなる。そうすると、レファレンスカウンターの存在を知らない利用者も増えるという悪循環である。
加えて、レファレンスは仕事の中身や結果が見えにくい。社会的な意義や役割が、利用者はもちろん、図書館員自身にも意識されていないのが実情だ。だが図書館は、知る権利や表現の自由に関わる機関である。図書館はメディアに関わる社会的な装置として、それを修復する取り組みをしていかなければならない。その取り組みの一端がレファレンスサービスであることを、図書館員はもっと自覚していくべきだ。
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