おすすめポイント
世界中の民主主義がいま、危機に瀕している。極端かつ排他的な主張が支持を集め、社会に分断をもたらしているからだ。それらの主張のなかには、誤った情報にもとづいていたり、あやふやな根拠に基づいていたりするものも多い。しかし人々は、気に入らない相手を批判するものであれば、その意見を受け入れて支持してしまう。たとえ相手の主張のほうが合理的で、たしかな証拠にもとづいていたとしても。自らの考えを変えることはかくも難しいのだ。
民主主義は、すべての市民が公共的な問題に関するたしかな知識を得て、理性的な判断を下すことで成り立つと考えられている。だが現実の市民のほとんどは、たしかな知識を得ることもなく、理性的ではない短絡的な判断を下してしまう。20世紀に大衆社会が成立して以来、大衆による民主主義の困難を論じる考察は数多く発表されており、その多くは大衆の政治的無関心を問題としてきた。だが本書は特筆すべきことに、専門家と一般の人々の対立や、無知な人ほど自分の意見の正しさを疑わず攻撃的になる現象を、重点的に分析・考察している。主な分析の対象はアメリカだが、日本の現状を踏まえると、対岸の火事とはけっして言えない。
もし自分がなんらかの専門家であったとしても、専門領域以外のことは無知であることを踏まえれば、あらゆる人が素人だと言える。本書で指摘されている素人の問題は、どんな人にとっても他人事ではなく、自分の問題として受け止めなければならないのではないだろうか。
著者 トム・ニコルズ (Tom Nichols) アメリカ海軍大学校教授(国家安全保障問題). ダートマス大学, ジョージタウン大学での教職を経て現職. コロンビア大学で修士, ジョージタウン大学で博士号を取得. 専門はロシア, 核戦略, NATO問題. 著書にNo Use: Nuclear Weapons and U.S. National Security (University of Pennsylvania Press, 2014), Eve of Destruction: The Coming Age of Preventive War (University of Pennsylvania Press, 2008), Winning the World: Lessons for America’s Future from the Cold War (Praeger, 2003), The Russian Presidency: Society and Politics in the Second Russian Republic, revised and expanded edition (Palgrave/St. Martin’s Press, 2001), The Sacred Cause: Civil-Military Conflict over Soviet National Security, 1917-1992 (Cornell University Press, 1993) など. 本書のもとになった論考をウェブマガジン『フェデラリスト』に発表して注目を集めた.
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本書の要点 要点1
専門知の死とは、知識への無関心ではなく、知識への憎悪を意味する。 要点2
無知な人ほど自分を客観視する能力に欠けるため、自分の無知や誤りに気づけない。加えて確証バイアスによって、陰謀論を信じたり、都合の良いネットの情報や偏った報道を受け入れたりしてしまい、ますます排他的になってしまう。 要点3
民主主義においても、意見の価値はどれも等しいわけではない。専門家と市民との建設的な関わりをふたたび築いていくべきだ。 要約 専門知はもういらない 無知を礼賛する国になったアメリカ 専門知は窮地に陥っている。アメリカ合衆国はいまや、みずからの無知を礼賛する国になってしまった。たしかにわたしたちは、科学や政治や地理についてよく知らない。だがここで問題なのは、わたしたちがものを知らないことを誇らしく思っているという事実だ。
いまやさまざまなテーマにおいて、一般の人々が不十分な情報にもとづく持論を披露し、なぜ専門家の助言を信じていけないのかを積極的に説明している。しかも彼らは、怒りをこめてそうしている。
昨今の専門知の拒絶には、独善性と激しい怒りが垣間見える。医師には自分に必要な薬を指示し、教師には子供がテストで書いた間違った答えを正解だと言い張る。とんでもない間違いだ。
専門知の死 tadamichi/gettyimages
ロシアがウクライナに侵攻したことを受け、「アメリカは軍事介入するべきか」とアメリカ人を対象に世論調査を行なったところ、ウクライナの場所を地図上で正しく示せたのは6人に1人だけだった。ここで気になるのは、ウクライナに関する知識の欠如と正比例するかたちで、同国への軍事介入を支持する割合が高くなったことだ。
専門知の死という言葉で、実際の専門家の能力や知識まで死んだと言うつもりはない。今後もさまざまな分野の専門家は存在しつづけるし、専門家がいなかったら世の中は回らない。ところが人々は、以前にも増して専門家との対話をしたがらなくなっている。一方で専門家たち(とりわけ学者)は、「一般の人々と対話する」という義務を放棄し、仲間うちの議論だけに終始している。
専門知の死という言葉の本質は、既存の知の拒絶だけではなく、現代文明の土台である科学と公平な合理性の拒絶にある。「どんなくだらない意見でも、他の意見と平等に認められるべき」というのは単なる悪平等であり、たいていの場合は危険ですらある。
専門家とはどのような人か skynesher/gettyimages
専門知の死の真の問題は、たしかな知識に対して人々が無関心になることではなく、そうした知識に対して憎悪が向けられるようになったことにある。専門知の死によって、人々が自分を実際よりも博識だと考えるようになると、これまで何年もかけて獲得されてきた知識が失われるかもしれない。
専門知はあらゆる職業につきものだ。専門家とは、ある分野について一般の人々よりはるかに深い知識をもち、人々がその分野における助言や解決策を必要とするとき、頼りにする人間を指す。専門家とそうでない人を見分ける目安となるのは、教育や才能、経験や同業者による評価といったものだ。こうした要素は数値化が難しい。だが専門家について考えるとき、忘れてはならないのは、不器用な専門家でも素人よりはマシということだ。たしかに専門家もミスはするが、素人と比べると、その危険ははるかに少ない。
専門知を定義するのは難しいし、専門家と素人の区別がつかないこともある。当然ながら、完璧な知識をもった人間はいないし、最高の教育を受けた人々でも、初歩的なミスをおかすことはある。だが仮にそうだとしても、あることについてほんの少しかじっただけの人と、決定的な知識を有する人とを見分けられるようになる必要がある。
【必読ポイント!】 無知であることに気づかない人々 無知な人ほど間違いに気づかない 実際にはあまり優秀ではないのに、自分は優秀だと思い込んでいる人間がいる。聡明でない人ほど、自分は聡明だという自信を強くもっているのだ。
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要約公開日 2020.03.29 Copyright © 2024 Flier Inc. All rights reserved.
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