1989年、ベルリンの壁が崩壊し、民主主義と資本主義が勝利をおさめた。このときは経済がかつてないほどの速さで成長を遂げ、豊かさが全世界に広がるだろうと考えられていた。しかし現在、この高邁な理想も、地に落ちて砕け散ってしまったようだ。最上層にいる人ばかりが経済成長の恩恵を受け、大衆は置き去りにされた。英国がEU離脱を選択したのも、アメリカがトランプを大統領に選んだのも、これまで政府がエリートばかりに味方してきた結果である。
失敗しているのは経済だけではない。経済的分断は政治的分断を生む。富や権力を持つ人たちは、自分たちに有利になるように政治や経済のルールを書き換えてしまう。多くのアメリカ国民が望んでいる銃規制や金融規制の強化、医療や教育の保障といった声は、少数の権力者によって無視され続けている。
こうしたアンバランスで利己的で近視眼的な政治や経済は、同じような特質を持つ個人を生み出し、事態はさらに悪化していく。
金融化やグローバル化、テクノロジーの発展によって、アメリカの経済は大きな成長を遂げた。だがその実像を分析できるデータが得られるようになると、かなり前から根深い問題を抱えていることが明らかになった。
この40年間を見ると、大多数の人の所得にはほとんど変化がないのに、上位1パーセントの所得は急増している。アメリカでは子どものおよそ5人に1人が貧困家庭に暮らしており、そこから抜け出すのは容易ではない。チャンスの平等をうたうアメリカンドリームなど、もはや神話にすぎないのだ。
チャンスの格差は、人びとを「絶望の病」に苦しめる。この10年で、大学教育を受けていない白人の中年男性の死亡率は急増しており、その死因の多くがアルコールや薬物の過剰摂取や自殺である。また就労していない「働き盛りの男性」のおよそ半数が、深刻な健康状態に苦しみ、鎮痛薬を処方してもらっているという。まじめに働いても生活水準が向上しない経済に、多くの人びとはもはや希望を持てなくなっている。
現在のアメリカ経済では、ごく少数の企業が莫大な利益を独占し、支配的な地位を悠々と維持している。低コストでよりよい製品やサービスを消費者に提供するためのイノベーション競争は、もはや過去のものだ。
「競争は負け犬がするものだ」という言葉があるように、いまやイノベーションは参入障壁、すなわち競合企業が超えられない堀を築くために生み出されている。堀を張りめぐらした企業は市民を搾取し、利益を増やしている。競合になりそうな企業の合併や買収、新興企業が耐えられない価格競争、購買力や雇用を盾として納入業者や地元に法外な要求を飲ませるといった手法が用いられている。
長きにわたる研究の結果、市場に任せるべきだというアダム・スミスの「見えざる手」が、なぜ見えないのか解った。そんなものは存在しないからだ。いま必要なのは、搾取されている消費者や労働者の発言力・法的救済を受ける権利を強め、21世紀に極端化したアメリカの資本主義を抑制することである。
アメリカ経済が危機に陥っている中心的理由のひとつが、グローバル化だ。低スキル労働者が担う仕事が国内から失われ、労働者全体の賃金を下落させている。さらに企業が拠点を海外に移すことで、国の税収も減少した。多国籍企業は各国の税制の違いを駆使して、納税を実質的に回避している。そのような企業は対価も支払わず、タダで行き届いたインフラや教育を受けた人びとを使おうとしている。
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