起業家はクレイジーでなければならない。これが孫正義氏(以下、孫)の持論である。今まで存在しなかったものを生み出すことが、起業家のやることだ。だから、少し一般の感覚からずれた人が向いている。常識を覆すような発想は、むちゃくちゃでないと生まれない。
しかし、「ユニコーンレベル」まで成長させることができるのは一握り。同じ狂気を持った起業家の中でも、突破力を持っている人たちだ。彼らは、1ビリオン(10億ドル)を超える企業価値まで引き上げることができる。彼らこそがユニコーン、いわゆる立派な起業家である。ジャンプするだけでなく、空を飛び続けること。この翼の有無が、馬とユニコーンを分けるのだ。
1ビリオン未満の人は、起業家もどきである。気持ちはあっても実力が伴っていない。チャレンジしたが鳴かず飛ばずならば、ユニコーンレベル未満。しょせん、ありきたりな馬なのだ。
起業家が、企業価値をさらに30ビリオン、100ビリオンと上げていくと事業家になる。スティーブ・ジョブズは、クレイジー過ぎて一度アップルから弾き出された。しかし多くの苦悩を経て復帰し、瀕死のアップルを世界一の会社にした。起業家が事業家に生まれ変わった瞬間といえる。
AIにより、全く新しい競争のステージが生まれようとしている。これまでのインターネット時代は、大きく分けて2つの産業を革新してきた。1つは広告産業。インターネットの新しいメディアが紙の新聞や雑誌、テレビといった既存のメディアを駆逐していった。もう1つは小売産業。アマゾン、アリババなどのECサイトが小売の世界を変えた。しかしこの2つの産業は、米国GDPのたった7%を占めるに過ぎない。
AIは、残りの93%を含めた全ての世界を変えるだろう。AIを活用して新しい薬を作る、フィンテックの世界を生み出すというように、あらゆる産業を変革していく。これからの時代、AI技術に対する知見だけではなく、それぞれの産業を深く理解することが大切だ。AIを道具として動かせるだけのリアルな知識やマネジメント能力が欠かせない。つまり、これまで以上に専門性が要求されるということだ。
インターネットの時代も、最初はPC言語のソフトなど、「道具」を売る人たちがもてはやされた。しかし今では、そんな会社はほとんど残っていない。最後に王者になったのは、インターネットを道具として、永続的なサービスを提供しているアマゾンなどの企業だ。同じようにAIを道具として活用すれば、需要はたくさん見込める。潜在需要が10兆円、100兆円あるような産業をAIで変革する会社が、今後は主役になっていくだろう。
孫は、事業がサステイナブルであるためには、市場を選ぶことが大事だという。くわえて、行動し続けるしつこさも必要となる。ぱっとアイデアを思いつく人はいっぱいいる。最初に発想することは重要なことだ。だが、最初にテレビをつくった会社が今も一番かといえば、そうではない。
事業を続けていく道中、泥臭い問題が山ほど起こる。晴れの日もあれば、雨の日も嵐の日もある。そんな中でも諦めず、へこたれずにあらゆる困難を乗り越えていかなければならない。そんな苦難の道を歩み続ける原動力は、狂ったほどの情熱、そして強烈な思い入れだ。
常識で考えていたら嵐のときには飛んではいけない。だからみんな安全策をとって休んでしまう。しかし、そこにチャンスがある。馬100頭くらいが競争して走っている中で、ひとりだけ飛ぼうと思ったら、みんなが休んでいるときに走らなければならない。狂ったように走り続けていると、途中から翼が生えてくる。狂ったほどやらないで事を成せるほど、世の中は甘くない。嵐の中でも駆け抜けて駆け抜けて、あの崖を飛び越えようと飛ぶ。だが崖に落ちて、また走って飛ぶ。これをくり返すうちに翼が生えてくる。思い入れと狂ったほどの努力なくして、翼は生えない。
孫家の家訓に「人に倣うな」というものがある。孫の15歳年下の弟、孫泰蔵氏(以下、泰蔵)がまだ小学生だった頃のことだ。泰蔵が帰宅すると、父・孫三憲氏が「おかえり。今日は何を習った」と声をかけた。泰蔵が分数の割り算を習ったと答えると、驚く返答が返ってきた。「先生の言うこと、聞くなよ」。父は「学校の先生、嘘言うぞ。信じるな」と畳みかけたというのだ。
後に泰蔵少年も人の親となり、ようやく父の真意が理解できた。父が伝えたかったのは、自分の頭で考えること、クリティカル・シンキングの大切さである。
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